第二章 第12話 揺れる価値――美女たちが見た脅威
美女たちの世界は、男と美によって守られてきた。
その絶対の秩序が揺らぎ始めるとき、
最初に満たされるのは“恐怖”だった。
第二章 第12話 揺れる価値――美女たちが見た脅威
公爵領の朝が静かに明けていくなか、領内の一角――豪奢な客間に仕える“美女”と呼ばれる侍女たちは、不安を隠すように顔を寄せ合っていた。
丸い頬に脂の光沢があり、厚めの紅で飾られた肌。
この世界で最上の美とされる容姿だ。
だが今、彼女たちの表情はこわばっていた。
「ねぇ……また醜女が増えたんですって」
「なんでも、昨日だけで二十人近く公爵領に入ったとか……」
「それだけならまだいいけど……あの人たち、工房に雇われてるらしいわよ?」
その言葉に、ざわりと空気が震えた。
醜女――
白い肌、細い輪郭、整った顔。
王都なら石を投げて追い払うような存在。
「どうして……どうして公爵様はあんな女たちを受け入れるの……?」
「普通なら“目に入るだけで不快”って言われるのに」
「それなのに……工房? 訓練場? 文官室まで……?」
彼女たちの声は震えていた。
怒りではなく、恐怖で。
「聞いた? 公爵様……醜女を見ても顔をしかめなかったんですって」
「それだけじゃないわ……“髪が綺麗だ”って言ったとか……」
「嘘よ……そんなこと、あるはずが……」
しかしその噂は、誰も否定しなかった。
なぜなら――ここ数日、誰もが見ていたからだ。
“醜女たちが堂々と歩いている”ことに。
以前なら、美女の前を通るだけで土下座して逃げていったはずの女たちが、
いまは胸を張り、ほんの少しだけ笑顔を浮かべて歩いている。
「わたしたち……無視されたわよね?」
「ええ……“そのままで綺麗だよ”って言われたって噂もあった……」
「意味がわからない……わたしたちの美しさはどうなるの?」
美女たちにとって、自分の“美”は生きる価値そのものだった。
男に選ばれるための顔。
高貴な女に愛されるための顔。
それがすべての基準だった。
美が揺らげば——存在ごと崩れる。
「でも……あの女たち、元気よ……?」
「工房で笑ってた……。信じられないわ」
「文官室では、マリア様に褒められたって……」
美女たちの間に沈黙が落ちた。
胸の奥に、じわりと痛みが広がる。
今まで感じたことのない種類の痛み。
(……どうして。
どうして“醜い女たち”が褒められるの?
どうして私たちじゃなく、彼女たちが見られるの?)
その感情の正体に、自分で気づかないふりをする。
嫉妬――
劣等感――
そして価値を失う恐怖。
「ねぇ……もしかして……」
一人の美女が震える声で言った。
「公爵様……“美しさ”じゃなくて……“別の何か”で女を見てるんじゃない……?」
空気がぴしりと凍りつく。
「そんなの……そんなの許されない!」
「男様に選んでもらえるのは美しい女だけよ!」
「そうよ……そうでなきゃ……わたしたち……」
わたしたちは?
その先の言葉は、誰も口にできなかった。
何も持たない。
何もできない。
“美”だけで特権を得てきた自分たちに、
“美以外の価値”が現れたらどうなるのか。
「…………こわい」
その一言は、誰もが心の奥で抱えていた本音だった。
「公爵様が……世界を変えるつもりなら……
わたしたちの居場所は、どこに行くの?」
部屋に沈黙が流れた。
醜女の希望の朝は、
美女たちにとって“恐怖の朝”でもあった。
⸻
醜女たちの希望は、美女たちの不安と嫉妬を生む。
次回・第13話
『揺れる男たち――至上の存在が見た変化』




