第二章 第8話 王女の策謀――届くはずのない手
公爵領の改革が勢いを増す中、
王都では第一王女セレスティアが暗い感情を募らせていた。
その企みはやがて、公爵領に届かぬまま影だけを広げていく。
第二章 第8話 王女の策謀――届くはずのない手
王都の高窓から差し込む光は、紅を厚く塗ったセレスティアの丸い頬を照らし、吹き出物が宝石のように輝いていた。彼女にとって、それは最高の美の象徴だった。しかし鏡を覗き込むその表情は、不機嫌に歪んでいる。
「……あの男、まだリリアナと醜女どもを囲っているというの?」
侍女が震えながら答えようとした瞬間、セレスティアは手にしていた扇子を机に叩きつけた。小さな悲鳴が部屋に響き、扇子の骨が折れる音が続いた。
「あれほど言ったのに、“婚約者を選ぶ権利は自分にある”ですって……! 男が女の口答えを許されると思っているの? 王家を軽んじるにも程があるわ!」
彼女の美とプライドは、この国の常識では絶対であるはずだった。
だが、レオンはその“絶対”を平然と無視していた。
「……認めないわ。絶対に」
低く呟いた声には、嫉妬だけではなく、王家が揺らぐ恐怖も混じっていた。公爵領が醜女たちを受け入れ、活気づいているという噂が、すでに王都の上層にまで届いていたからだ。
セレスティアは椅子から立ち上がり、侍女を鋭く見据えた。
「あなた、使いを送りなさい。アルディス公爵領に……“忠告”として。
リリアナなど、男に選ばれる価値はない、と」
しかし侍女は青ざめたまま口ごもった。
「で、ですが……公爵領は、いま非常に人の出入りが多く……殿下の使いが辿り着けるか……」
「辿り着けなくても構わないのよ」
セレスティアは唇をゆがめて笑った。
「王女が“忠告を送った”という事実があればいいの。公爵がどう反応するか、見てみたいだけだわ。どうせ……あの男のことだから、醜女を庇うんでしょうけれど」
その言葉の中には、どこか歪んだ期待が潜んでいた。
「必死に庇って……結局、公爵領は混乱する。醜女など、仲良くやれるはずがないわ。
あの場所で争いが起きれば……あの男も、ようやく理解するでしょうね。
“美しくもない者たちを救う価値などない”って」
セレスティアの笑みは、甘い毒の香りと共に広がっていった。
だがその企みは――彼女の思うほど鋭くはなかった。
彼女の手は、あまりに“この世界の常識”に囚われ過ぎている。
醜女は争い合い、男は美しい者だけを見る。
世界はそうでなければならない……と信じ切っていた。
侍女が頭を下げ、恐る恐る部屋を後にすると、セレスティアは鏡の前に戻り、自分の丸い輪郭を満足げに撫でた。
「この顔こそ美。
この体こそ価値。
この私こそ王家の宝石――」
自信に満ちた声が広い部屋に響く。
一方その頃――。
公爵領に向かうはずの使者は、城門を出て間もなく、街道の分岐で道を間違え、荷馬車に巻き込まれ、さらに野犬に吠えられて逃げ込んだ民家の納屋で気絶していた。
その光景を、誰も知らない。
セレスティアの“策”は、どこにも届かないまま霧散していく。
そして公爵領では今、ソフィアは新しい魔導炉の試作に成功し、マリアは新政庁の基盤を固め、カトリーナは兵士たちの士気を高めていた。リリアナはレオンの隣で書類の整理を学びながら、小さな自信を胸に宿らせつつあった。
王都の影がどれほど揺らいでも、その光は誰にも遮れなかった。
セレスティアだけが気づいていない。
レオンの“改革”が、すでに王都の手の届かない場所へ進んでいることを。
そして――
その遅すぎる気づきが、やがて彼女を大きな絶望へ導くことになる。
常識に囚われた者の動きは、時に滑稽で、時に危険だ。
セレスティアの“届かない策”は、まだ序章にすぎない。
次回・第9話
『四人の想い――レオンへの誓い』




