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この世界の美しいは間違っている  作者: ゆう
第二章 アルディス公爵領 ――真の美が集う場所へ

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第5話 最初の火種――王都の影

公爵領の改革は、王都へも波紋を広げる。

それは“常識の崩壊”と受け止められ、

王族たちの中に初めての焦りと敵意を芽生えさせる。



第二章 第5話 最初の火種――王都の影


 アルディス公爵領の朝が活気に満ちていくその頃、王都の城内では重苦しい空気が流れていた。薄く香の焚かれた長い廊下を、第一王女セレスティアが苛立たしげに歩いていく。丸い頬は紅で厚く塗られ、吹き出物のある肌はこの国では最高の美しさと称えられているが、今はその顔に歪んだ怒りが浮かんでいた。


「どうして……どうしてあの男は、よりにもよって骸骨顔の第三王女なんかを……!」


 吐き捨てるような声は、侍女たちを怯えさせ、廊下の空気をさらに冷たくした。


「姉上、落ち着いたほうが……」と、後ろを歩く第一王子ジークハルトが小さく声をかける。

 しかしセレスティアは振り向き、唇をつり上げた。


「落ち着けるわけないでしょう? 男は至上。その男が、よりにもよって――廃棄されるはずだった第三王女を妻にすると言ったのよ? ありえないわ。あの細い輪郭、あの白い肌……病の象徴じゃない。存在そのものが恥よ」


 ジークハルトは言葉を詰まらせた。彼もまた、この世界の常識に染まりきっている。美醜の価値観は疑うことなく、白い肌の妹を“欠陥品”としか認識していなかった。


「それに……聞いた?」

 セレスティアは歩みを止め、ゆっくりと笑みを浮かべた。

 その笑みは優雅ではなく、獲物を探す獣に近い。


「公爵領に、“醜女”が何百人も押し寄せているらしいの。男を、たぶらかすために決まっているわ。ああいう貧相な顔の女は、必死になるもの。惨めだこと」


 ジークハルトは目を伏せた。

 確かにそれは奇妙だった。男に価値を認められず、生きる価値さえ奪われ続けたはずの醜女たちが、国で一番価値の高い男に集まるなど前代未聞だ。


「アルディス公爵が……そんなに価値があるとは」

「価値があるからこそ許せないのよ!」


 セレスティアの声は鋭く跳ね上がった。


「公爵は王よりも力を持っていると言われているのよ? その公爵が、貴族の間で笑い者にされてきた第三王女や醜女たちに肩入れしている。そんなもの……王家への反逆の種に決まっているでしょう!」


 廊下に響く怒りの声が、城全体を震わせるようだった。


「しかも、あの男……婚約を王家が決めると言ったのに、平然と拒否したんですって? “選ぶのは自分だ”って。なんて無礼なの!」


 セレスティアは扇子を強く握りしめた。

 その扇子がきしみ、小さな布の破ける音がした。


「いいこと? 私は絶対に認めないわ。あんな醜い顔の妹が王家の名で嫁に行くなんて。私がこの手で潰してでも止めてみせる」


 ジークハルトは何も言えなかった。

 男である彼がこの世界で最も尊ばれるはずだが、姉の怒りの前ではただ影のように黙るしかなかった。


 そのとき、廊下の奥に控えていた文官が慌てた様子で駆け寄ってきた。


「王女殿下……! 至急の報告が……!」


「何? 今は機嫌が悪いの。簡潔に言いなさい」


「は、はい……! ア、アルディス公爵領で――“新しい行政制度”が布告されたとのことです。出自や美醜によらず、能力で役職を……」


「は?」


 セレスティアの表情が凍り、紅で塗った唇がわずかに震えた。


「美醜で……選ばない?」


「……その……はい。醜女も、文官や兵士として……」


 侍女が小さく悲鳴を上げ、ジークハルトは茫然と立ち尽くした。


 この国の常識が――揺らいでいる。

 誰も考えたことのない価値観を、誰よりも価値あるはずの“男”が持ち出した。


「…………ふざけてる」


 セレスティアが呟いた声は震えていた。

 怒りか、焦りか、自分でもわからないほどに。


「あの男……本気でこの国を壊すつもりなのね」


 その目に宿る光は、嫉妬と恐怖と支配欲が混じった、濁った炎だった。

 こうして王都に、最初の“火種”が生まれた。


才能を認められた者たちは光へ向かい、

価値を奪われる者たちは影に沈む。


その影の中心に立つ王女セレスティアは、

レオンを“敵”として認識し始めた。


次回・第6話

『揺らぐ価値――レオンとリリアナの距離』

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