第4話 工房の朝――動き出す技術と嫉妬
公爵領に迎え入れられた才女たちは、
それぞれの場所で新しい朝を迎える。
工房・役所・訓練場――
レオンの作った仕組みの中で、四人の少女の才能が動き始める。
第二章 第4話 工房の朝――動き出す技術と嫉妬
朝日が差し込むと同時に、公爵領の広場には温かい湯気が立ちのぼっていた。昨夜迎え入れた“醜女”と呼ばれた女性たちが、簡素ながら清潔な寝具から起き出し、温かい食事を受け取りながら、不安そうに、けれどどこか信じられないという表情で周囲を見回している。王都では裏通りの物置や地下室しか与えられなかった彼女たちが、ここでは当たり前のように陽の光を浴びていた。
「怒られたり……しないよね」「ここにいていいの……?」そんな声が風に溶けるたび、レオンは歩く足を少しだけ緩めた。細く白い手、薄化粧の顔立ち。不吉と罵られ、醜いと追い立てられた彼女たちは、自分の存在をまだ信じられずにいたが、その顔には昨夜とは違う光が灯っていた。
中庭の奥では、ソフィアが新しく開放された工房の前で待ちきれないように跳ねていた。扉は大きく開かれ、炉には火が入り、工具が整えられている。彼女の背後には、行列から来た多くの女性たちが戸惑いながら立ち止まり、工房を覗きこんでいた。
「わ……本当に入っていいの……?」「私たちの顔で、壊れたりしない……?」ソフィアは思わず両手を振った。「壊れないよ! 呪われたりもしないから! ここは……自由に触ってよくて、失敗しても怒られない場所なんだよ!」
レオンが近づくと、女性たちは息を飲んだまま固まりそうになった。男は至上、絶対の存在。その男に拒絶されれば、存在が消えてしまう。それを誰より理解しているからこそ、彼の言葉はいっそう重く響いた。
「安心していい。君たちはここで、好きに試して、好きに学べばいい。壊したってかまわない。作り直せばいい。ここは、君たちの手で未来を作る場所だ」
その一言で、女性たちの表情が崩れ、何人かはその場で涙をこぼした。昨日まで彼女たちは“呪われた醜女”として追われる側だった。けれど今は、自分の手で未来を作っていいと言われている。炉の光が反射する工房の窓に、泣きながら笑おうとする顔が映った。
その光景を見ていたリリアナは、胸の奥でひそりと疼くものを感じていた。ソフィアも、あの女性たちも、何かを成そうとしている。なのに自分は……。白い手を胸に当てると、それはまるで小さな棘のように心に刺さり抜けなかった。
レオンが彼女に気づき、そっと近づく。「寒くないか?」
リリアナは慌てて首を振る。「だ、大丈夫です。皆さまが……嬉しそうで……」
視線は自然と工房へ向き、楽しげに金槌を振るソフィアの背中に吸い寄せられた。あの背中に胸を張れる自信が自分にはない――そう思った瞬間、棘は少し深く沈んだ。
書類の束を抱えたマリアが歩み寄り、ためらいもなくリリアナの手を取った。「殿下、こちらをお願いします。記録の整理です。殿下の几帳面さは行政に必要です」
必要――そう言われたのは初めてだった。胸の奥の棘が、ほんの少しだけ温かく溶けた。
一方、北の訓練場ではカトリーナが剣を構え、女兵士たちに指導をしていた。兵士たちは醜女ばかり。剣を握る姿はぎこちない。彼女たちはこれまで、剣は美しい者の仕事であり、自分たちのような“貧相な顔”が触れていいものではないと教えられてきたからだ。
「美しさで剣は振れない!」
カトリーナの声が訓練場を震わせた。「守りたいなら、その気持ちで振れ!」
そこにレオンが姿を現すと、兵士たちは一斉に動きを止め、息を呑んだ。レオンは軽く首を振り、優しく告げる。
「続けてくれ。君たちが剣を握る姿は――とても、誇らしい」
涙をこぼしながら木剣を握り直す兵士たち。その涙は、初めて自分の存在が肯定された涙だった。
工房では技術の火が灯り、文官室では知識が整い始め、訓練場では剣が息を吹き返し、それら全てが同時に動き始めていた。公爵領はまだ朝の始まりだというのに、すでに鼓動を打っていた。
レオンは邸内を歩きながら、その鼓動の中心にいる四人へと視線を向ける。ソフィアは新しい発明を生み出すために走り、マリアは新しい行政を組み上げ、カトリーナは守る力を磨き、リリアナは役割を探しながら、それでも確かに歩こうとしていた。
(この領地は……必ず変わる)
レオンの胸に芽生えた確信は、静かに、しかし確かな熱を帯びていった。
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才能が動き始めれば、次に動くのは人の心だ。
そして心が動けば、必ず“嫉妬”が生まれる。
次回・第5話
『最初の火種――王都の影』




