第33話 嫉妬の王女
美を誇り、傲慢に笑い続けた第一王女セレスティア。
だが、“美醜逆転の社会”が揺らぎはじめたとき、
最初に崩れたのは――彼女の心だった。
これは、嫉妬によって王家が動き出す物語の第一歩。
第一章 学院にて ――歪んだ楽園の門出
第33話 嫉妬の王女
王城・東翼の化粧室。
壁一面の鏡が幾重にも光を跳ね返す豪奢な部屋で、
セレスティア・アークレイン第一王女は、
紅を塗り重ねる手を止められずにいた。
「……また、またよ。」
鏡の奥に映るのは、この国で“絶世の美姫”と讃えられる姿。
丸く張った頬、脂で艶めく光、濃く鮮烈な紅。
吹き出物でさえ宝石のように扱われる美の象徴だ。
この国では――。
だが、今日のそれはどこか仮面のように見えた。
「“醜女”が……あの公爵領で笑っている?」
血が逆流するような怒りが胸を満たす。
青白く骨ばった女たち――この国では“最も醜い”とされる存在。
彼女たちが、レオンのもとで働き、歓声を上げているという噂。
(あの陰気な顔で? あの華のない娘たちが?
わたくしの前では地を這うような惨めさだったというのに……!)
紅を握る指が震えた。
そこへ――
静かに扉が開く音がする。
「……セレスティア。」
王妃エレオノーアが立っていた。
豪奢な衣と気品ある佇まいにもかかわらず、
その顔は水面のように静かだ。
「どうなさったの。」
「母上、聞きましたの?」
セレスティアは鏡越しに睨みつけた。
「公爵領に醜女が集まっているのですって。
才能があるですって? 笑わせないわ。」
王妃は目を伏せ、何も言わない。
「わたくしより、美しいとでも言いたいの?」
その声には怒りだけでなく、どこか怯えた響きが混じる。
沈黙。
王妃の沈黙は、肯定とも否定ともつかない空白だった。
「……母上、何か仰ってくださいまし。」
問いかけにも、王妃は一切の言葉を返さない。
セレスティアは、その沈黙を“許可”と受け取った。
「そうですわね。
リリアナを戻さなければ。」
机から文書を引き寄せ、筆を走らせる。
「“第三王女リリアナは、アルディス公爵による思想誘導の恐れがあるため、
速やかに王城へ召還する”」
王妃の反応を探すが――
彼女は静かに扇を閉じるだけ。
(止めない……ということは、間違っていないのよ。)
セレスティアは満足げに息を吐く。
「これでよし。
わたくしの美も、王家の秩序も守られる。」
――そう信じていた。
書状は封蝋され、女兵士部隊へと渡される。
「学院へ向かいなさい。」
セレスティアの声は堂々としていた。
「第三王女は、あの男の手から取り戻します。
これは王命です!」
女兵士たちは一斉に敬礼し、王城を出ていった。
化粧室にひとり残ったセレスティアは、鏡に向き直る。
厚く塗り固めた紅の奥に――
小さく、しかし確かに“ひび”が走っていた。
「……わたくしの価値を揺らす者は、許しません。」
その囁きが、王城の冷たい床に落ちていった。
王妃は沈黙し、王女は暴走する。
その暴走は決して“政治”ではなく、
ただひとりの女の嫉妬から始まった。
やがて、それが王国全体を揺るがす火種となる。
次回:第34話『動き出す王城』
――感情で動く王女と、沈黙で許す王妃。
二つの影が王国を狂わせていく。




