第32話 才女の集う地
醜いと呼ばれ、笑われ、何もさせてもらえなかった女たちがいた。
だが、公爵領だけは違った。
そこでは、顔ではなく――
才能と心が“美しい”と呼ばれ始めていた。
第一章 学院にて ――歪んだ楽園の門出
第32話 才女の集う地
アルディス公爵領の街門は、今日も慌ただしかった。
門を守るのは、逞しい体躯に鎧をまとった女兵士たちだ。
丸い顔、日に焼けた肌、厚く塗られた紅。
この国の“典型的な美人”たちである。
「……また来たわよ。」
槍を持った女兵士のひとりが、ため息混じりに呟いた。
「細いのが三人。色白で、ひょろっとして、陰気そうな顔。」
「本当に増えたわね、“公爵様にすがりに来る惨めな醜女”。」
彼女たちの視線の先にいたのは――
現代の感覚なら、誰もが振り返るような美女たちだった。
陽の光を受けて透き通るような白い肌。
控えめな化粧に、整った目鼻立ち。
背筋はまっすぐに伸び、仕草は静かで上品。
けれどこの国では、そんな外見はこう呼ばれる。
“血の気がなくて気味が悪い”
“男に媚びようともしない醜女”
だからこそ、彼女たちはここへ来ていた。
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「ここが……アルディス公爵様の領地……」
三人のうちのひとり、黒髪の女が不安げに呟く。
「本当に、“ありのままの姿でいい”なんて言ってくださるのかしら。」
隣の女が唇を噛んだ。
淡い金髪をひとつにまとめた、柔らかな顔立ちの女だ。
「……もう、あの化粧はしたくないの。」
「肌が割れても、吹き出物が増えても、“それが美しい”と笑われるのが、怖かった。」
三人目の女がそっと二人の手を握る。
灰がかった茶髪に、大きな瞳。
その指先は、かすかに震えていた。
「わたし、故郷で“頭がよすぎる醜女”って言われてた。
どれだけ文書を作っても、男にもっていかれて……“女は黙って笑っていろ”って。」
その言葉に、門兵のひとりが鼻で笑う。
「ここで通用するかしらねぇ。
公爵様が飽きたら、すぐ追い出されるわよ。」
だがもうひとりの女兵士は、じっと彼女たちを見ていた。
どこか居心地の悪さを覚えながら。
(……本当に、醜いのかしら?)
その疑問を、彼女は胸の奥に押し込めた。
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公爵城・応接室。
レオン・アルディスは、静かに彼女たちの自己紹介を聞いていた。
「シルヴィア・エヴァンズと申します。」
黒髪の女が一歩進み出る。
背筋はぴんと伸び、瞳は澄んでいた。
「出身は王都。
これまで、法務局の下で書記官として働いておりました。
新しい税法案や公平な裁判制度の案を提出しましたが……
“醜女に政治を語らせるな”と、すべて破られました。」
声は淡々としている。
けれど、その奥には積み重なった悔しさがにじんでいた。
「アルディス公爵様の“才能と心を見たい”というお言葉を聞き、
せめて一度だけ、正当に評価されてみたいと……」
レオンは微笑んだ。
「ここでは、書いたものを破るのは“内容が悪いときだけ”です。
見た目で破る者はいない。」
シルヴィアの瞳が、大きく揺れた。
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「アリア・フローレです。」
今度は金髪の女が前に出る。
現代ならその端正な顔はモデルと見紛うほどだが、
この世界では“薄っぺらで覇気がない”と笑われる顔だ。
「魔導学院で、魔力変換式の研究をしておりました。
小規模魔法の効率を三割上げられる式を作ったのですが……
“醜い女の魔法は不吉だ”と破棄され、研究室から追い出されました。」
レオンは思わず目を細める。
「三割もか?」
「……はい。」
アリアはおそるおそる頷いた。
「計算はすべて残してきました。
ですが、発表の場は二度と与えられないと。」
「では、ここで続きをやりなさい。」
レオンの返答は、あまりにも自然だった。
「魔力の節約は、領地防衛にも、生活魔法にも役立つ。
君の研究は、この領地の“力”になる。」
アリアの肩が、かすかに震えた。
目元に、涙がにじむ。
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「ユカ・ロウズと申します。」
三人目の女が、胸に手を当てて一礼した。
「わたしは農村の出で、
土と作物を見るのが得意です。
触っただけで、その土がどんな作物を欲しがっているか分かります。」
「それは……勘か? 経験か?」
「うまく説明できません。
でも、土地ごとに“声の違い”があるんです。」
レオンは興味深そうに身を乗り出した。
「収穫量を倍にしたこともあります。
ですが、女の身で口を出したせいで……
“醜女のくせに目立つな”と言われ、村を追い出されました。」
ユカはぎゅっと両手を握りしめる。
「もう、誰にも“黙ってろ”と言われたくない。
ただ……ちゃんと、働きたいんです。」
レオンははっきりと言った。
「――ようこそ、アルディス領へ。」
三人は顔を上げる。
「ここでは、“黙って笑っていろ”と言われることはない。
君たちの考えを聞きたい。
その才能を、領地のために使ってほしい。」
涙が、一斉にこぼれた。
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その様子を、少し離れた場所から見ている影があった。
ジルベルト・ロウエン――レオンの友人だ。
「……おいおい、本気でやるつもりかよ。」
彼は半ば呆れ、半ば感心したように囁いた。
「法の才女に、魔導の天才、土地の声を聞く農業の鬼才――
そんな連中を全部まとめて抱え込むなんてよ。」
隣に立つイリナが、小さく笑う。
「レオン様ですから。」
ジルベルトは肩をすくめた。
「この国は、“顔のいい女”だけを集めて飾り棚を作ってきた。
でもあいつは、“中身のある女”で国を作ろうとしてるんだな。」
その声には、少しだけ羨望が混じっていた。
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数日後。
公爵領内の空気は、少しずつ変わり始めていた。
役所では、シルヴィアの新しい税制度案が検討され、
魔導工房では、アリアの変換式を組み込んだ魔法具の試作が進んでいる。
外では、ユカの指示で畑の配置が組み替えられ、
土を掘る女たちの手が軽やかに動いていた。
どこを見ても、
“この国では醜女と呼ばれた女たち”が中心にいた。
そして彼女たちはみな、
厚化粧をやめ、自然な顔で笑っていた。
その笑みこそ、この領地にとっての新しい“富”だった。
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やがて、その噂は王都へと届く。
「アルディス領は醜女の巣窟だ」
「公爵は女を選べなくなったらしいぞ」
嘲笑と軽蔑の言葉が飛び交う。
だが一部の者だけは、背筋に寒気を覚えていた。
――醜女と呼ばれてきた女たちが、
そこでだけは“力を振るっている”らしい、と。
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王城の一室。
セレスティアは報告書を握りしめ、噛みつくように言った。
「……あの男、わたくしを差し置いて、
陰気な醜女たちを集めて“国ごっこ”をしているのね。」
鏡に映る自分の姿を見る。
丸い頬、厚く塗られた紅、脂で光る肌。
この国で誰もが“絶世の美姫”と讃える姿。
けれど――
その顔が、どこか安っぽい仮面のように感じられて、
セレスティアは苛立ちと共に視線を逸らした。
(偽りを脱ぎ捨てた醜女たちが、美しいですって?)
胸の奥に、黒い影が広がる。
「……潰さなければ。」
彼女は低く呟いた。
「アルディス公爵領も。
あの妹も。
“醜い女が笑っていられる場所”なんて――認めない。」
その言葉は、まだ小さな囁きにすぎなかった。
だが、それがやがて王国を揺らす火種になることを、
誰も知らなかった。
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この国は、長いあいだ勘違いしていた。
厚化粧と嘘で塗り固めた顔こそ美しいと。
けれど、偽りを脱ぎ捨てた女たちの笑顔は――
どんな宝石よりも眩しかった。
次回 第33話『嫉妬の王女』
――“その笑顔”を許せない者が、王城にひとり。




