第31話 傾く王冠
女は飾り、嘘をつき、
男に尽くせと教えられてきた。
けれど――
偽りを脱ぎ捨てた姿こそ、人は美しい。
第一章 学院にて ――歪んだ楽園の門出
第31話 傾く王冠
王都アルセリアの中心街。
華やかな化粧品店の前に列ができていた。
「第一王女殿下の“新しい艶粉”が入荷したって!」
「買わなきゃ! あれを塗れば殿方の目を引けるわ!」
彼女たちは皆、厚く塗り固めた紅と白粉で顔を覆い、
笑みは歪んだ仮面のようになっていた。
(――この国の女は、男に愛されるために“自分を偽る”のね)
そんな彼女たちを遠巻きに見つめていたのは、
学院の制服を着たマリア・グレイスだった。
ふと、背後から柔らかな声がかかる。
「マリア、何を考えているの?」
振り向くと、そこにはリリアナ・ミラリア。
風に揺れる白い髪。
化粧は一切なく、ただ自然のままの肌が光を受けていた。
マリアは胸の奥がぎゅっと痛むのを感じた。
⸻
「……みんな、殿方に選ばれるために、“飾る”のね。」
マリアは小さく呟いた。
「選ばれるために、嘘を重ねて……
本当の自分は、どこに行ってしまうのかしら。」
リリアナはそっと微笑んだ。
「わたくし、レオン様にそのままの姿を見ていただきました。」
その声は震えていない。
昨日までの彼女とは違う。
――芯を持った声だった。
「偽りのない姿こそ、美しいと。」
マリアは息を呑んだ。
(あの人は……そんな世界を見ているのね。)
⸻
一方その頃。
学院の中庭で、カトリーナ・ベイルは剣の稽古をしていた。
汗で額の髪が張り付き、呼吸が荒い。
そこへレオンが現れた。
「カトリーナ、今日は一段と稽古に熱がこもっているな。」
彼女は剣を収め、軽く息を整える。
「……殿方に見苦しい姿を見せるべきではないと、皆から言われています。」
「見苦しい?」
レオンは眉をひそめた。
「汗を流し、必死に剣を握る君がか?」
カトリーナは戸惑い、視線を落とす。
「殿方に嫌われぬよう、淑やかに……美しく……」
レオンは首を横に振った。
「偽った姿を見せて、心は満たされるのか?」
その言葉は優しく、しかし鋭かった。
「私は“取り繕う者”ではなく、“真の君”を見たい。」
カトリーナの心臓が跳ねた。
⸻
その頃、王城。
セレスティアは侍女に命じ、新しい化粧を施させていた。
頬の吹き出物をより強調するため、艶粉を何度も塗り重ねる。
紅は厚く、目元は濃い影で縁取られる。
「これでよいでしょうか、殿下……?」
「もっと。
もっと塗りなさい。
わたくしは“完璧美”なのよ。」
侍女たちは怯えたように化粧を重ね続ける。
セレスティアは鏡を睨む。
(……わたくしが選ばれないはずがないの。)
だが、どれだけ塗り固めても、
鏡の奥に浮かぶ影が消えなかった。
昨日、リリアナが見せた“自然な笑顔”が
彼女の心に刺さっている。
⸻
一方、学院の図書室。
ソフィアが机いっぱいに部品を広げていた。
「ソフィア、何を作っているんだ?」
レオンが声をかけると、少女はぱっと顔を赤らめた。
「えっと……その……レオン様に褒められる発明がしたくて……
皆みたいに綺麗じゃないし、胸も大きいだけで……
だから、せめて才能で……」
レオンは穏やかに笑った。
「ソフィア。」
「は、はいっ……?」
「君の魅力は“誰かの真似”ではない。
君の手で作り出すものだ。
それが誰にもない“美しさ”になる。」
ソフィアは唇を震わせ、涙を浮かべた。
「……本当、ですか?」
「本当だ。」
⸻
夕暮れ。
学院の屋上で、四人の少女が静かに夕陽を見つめていた。
リリアナ、マリア、カトリーナ、ソフィア。
「……私たち、頑張りすぎていたのかもしれないわね。」
マリアが呟く。
「男に選ばれるために、自分を偽るなんて……変よ。」
カトリーナが頷き、剣の柄を握りしめる。
「私は強くなりたい。
誰かのために偽るんじゃなく……自分のために。」
ソフィアは涙をぬぐいながら笑った。
「私、もう無理に可愛くしない!
レオン様の言葉が本物なら……本物の私でいいんだよね。」
リリアナが小さく微笑む。
「ええ。
わたくしも……偽りを脱ぎます。」
四つの影が夕陽に伸び、赤く染まる。
その姿こそ――誰よりも“美しかった”。
⸻
王国の女たちは、知らなかった。
“着飾る美”よりも、
“飾らぬ心”の方が、何倍も輝くことを。
次回 第32話 才女の集う地
――公爵領に世界に馴染めない才能のある人が集まる。




