第29話 王女の決意
「美」とは、誰が決めるのか。
醜を崇める世界の中で、
一人の王女が――“心の美しさ”を選んだ。
第一章 学院にて ――歪んだ楽園の門出
第29話 王女の決意
昼下がりの学院講堂。
春の光が窓から射し込む中、空気は妙に重かった。
第三王女リリアナ・ミラリア・アークレインは、
いつものように静かに席に座っていた。
清らかな白い肌、整った横顔、淡い灰青の瞳――
だがこの国では、それが“血の気のない骸骨”に見えるらしい。
ざわめく声が、廊下の奥から近づいてくる。
「……第一王女殿下がこちらへいらっしゃるそうよ!」
「セレスティア様が? あの方が直接?」
誰もが息をのむ。
やがて、講堂の扉が勢いよく開かれた。
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「まぁ、まあまあ――。なんて薄気味悪い空間でしょう。」
扉の向こうに立っていたのは、
セレスティア・アークレイン。
頬は丸く、肌は厚化粧の下で赤く腫れ、
吹き出物のひとつひとつが宝石のように光を反射していた。
たっぷりと塗られた紅が口元を濡らし、
その笑みは歪んだ仮面のように貼りついている。
しかし、生徒たちはうっとりと見惚れた。
「セレスティア様……なんてお美しい……」
「まるで太陽のような艶やかさ……!」
この国の基準では、彼女こそ“絶世の美姫”だった。
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「リリアナ。」
セレスティアは口角を吊り上げ、ゆっくりと近づく。
「ずいぶんといい気になっているようね。
公爵に“選ばれた”そうじゃないの?」
リリアナは立ち上がり、静かに答える。
「……はい。光栄なことです。」
その声には怯えも震えもなかった。
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「光栄? まぁ、滑稽ね。」
セレスティアの笑みがさらに深まる。
濃い口紅が歪み、光沢を放つ。
「貴女のような骸骨顔を、美しいと思う奇特な男がいるとは。
きっと哀れみでしょうね。」
リリアナは微笑を浮かべた。
その笑みは、花が咲くように静かだった。
「違います。
あの方は、“心で見る”人です。
わたくしの中の、美しさを見てくださいました。」
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セレスティアの顔がぴくりと動く。
頬の吹き出物が赤く光り、怒りで脈打つようだった。
「心、ですって?
そんなものは飢えた平民の慰めよ。
美とは、力と富、そしてこの顔に宿る“選ばれた血”の証!」
彼女は自らの頬を指先でなぞり、
脂の光沢を誇示するように笑った。
その動作に、周囲の女生徒たちが感嘆の息を漏らす。
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だがリリアナは、まっすぐに見返した。
「わたくしは、姉上のようにはなれません。
けれど――なりたいとも思いません。」
静寂が走る。
その言葉は、矢より鋭く、剣より強かった。
「わたくしは“選ばれた”のではありません。
わたくしが“選んだ”のです。
レオン・アルディス公爵と、生きる道を。」
セレスティアの顔から笑みが消えた。
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「……愚か者。」
唇の紅がわずかに震える。
「王女の身で恋に酔うなど、醜聞も甚だしい。」
リリアナは一歩近づき、静かに頭を下げた。
「たとえ醜聞と呼ばれても構いません。
心を偽るよりは、ずっと美しいですわ。」
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講堂の空気が変わった。
セレスティアが背を向け、裾を翻す。
分厚い化粧の香料が強く残る。
「……いいでしょう、リリアナ。
この国が、どちらを“美しい”と呼ぶか、
いずれ思い知ることになりますわ。」
彼女が去ると、まるで重い鎖が外れたように空気が軽くなった。
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リリアナは小さく息を吐き、椅子に腰を下ろした。
その肩を、マリアがそっと支える。
「……怖く、なかったの?」
リリアナは首を横に振る。
「怖かったわ。けれど、もう泣かないと決めたの。」
ソフィアが涙をぬぐいながら微笑む。
「姫様、ほんとに……綺麗だった。」
リリアナは照れたように笑った。
その笑みは、まるで春の陽だまりのように柔らかかった。
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その夜。
公爵城の塔の上で、レオンは報告書に目を通していた。
“学院にて、第三王女と第一王女の口論”――
風が頬を撫で、髪を揺らす。
レオンはゆっくりと目を閉じた。
(……恐れず、逃げず、言葉を選んで立ったか。
強くなったな、リリアナ。)
胸の奥が静かに熱くなる。
それは誇りでもあり、愛しさでもあった。
(あの瞳を、二度と曇らせはしない。
――この国がどれほど歪んでいようと。)
夜風が流れ、
遠く学院の灯が、彼の想いに呼応するように瞬いた。
世界が彼女を醜いと言っても、
彼女はもう、自分を恥じない。
美しさとは、見る者ではなく、
信じる者の中に宿る。
次回 第30話『姉妹の影』
――セレスティア・アークレイン、
自らの“美”にひびが入る日。




