第27話 王女の微笑
涙のあとに、初めての笑顔が咲く。
嘲笑に覆われた世界の中で、
彼女は初めて――自分を「美しい」と思った。
第一章 学院にて ――歪んだ楽園の門出
第27話 王女の微笑
その日、学院の中庭には光が柔らかく差し込んでいた。
昨日まで冷たい噂の矢が飛び交っていた空間が、
今日はどこか静かだった。
“骸骨王女”と呼ばれる少女が、
ひとり花壇のそばに座っている。
膝の上の本はまだ開かれたまま。
けれど、今日は――読んでいない。
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リリアナの胸の奥に、昨日の言葉が残っていた。
『あなたは、美しい。
この国では醜いと呼ばれても、
私の見えている世界では、あなたこそが絶世の美女だ。』
何度思い出しても信じられない。
けれど、思い出すたびに胸の奥が温かくなった。
彼の声は優しかった。
同情でも、慰めでもなく――ただ事実として。
(あの方の見る世界では、私は……美しいのね。)
そう思うと、
長い冬のように冷たかった心が、少しだけ解けていくのを感じた。
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ふと、花壇の中に咲いた小さな花に気づく。
淡い紫の花弁。
この季節にはまだ早い――“夜明け草”。
「……あなたも、間違って咲いたのかしら。」
思わず笑ってしまった。
小さな声。けれど、その笑みは確かに彼女の唇をやわらげた。
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「――いい笑顔だな。」
声に驚いて振り返る。
そこにはレオンが立っていた。
「レ、レオン様……!」
彼は軽く頷き、花壇の端に視線を落とす。
「夜明け草か。早咲きの花は、決して間違ってはいない。
ただ、季節より先に、暖かみを見つけただけだ。」
リリアナは目を瞬かせた。
その言葉が、まるで自分に向けられたように感じたから。
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「昨日、あの……ありがとうございました。」
彼女は小さく礼をする。
「礼を言うのはこちらです。
あなたが涙をみてから自分だけの世界ではなく、
この世界の人もまだ“変われる”と可能があると確信できた。」
リリアナはそっと顔を上げる。
その瞳はまだ不安を宿していたが、
その奥に、確かな望みが生まれていた。
「……わたくし、少しだけ信じてみようと思います。」
「何を?」
「“美しい”という言葉を。
わたくしの中にも、そう呼べるものがあるのだと。」
レオンは柔らかく笑った。
「ええ。信じてください。
あなたが信じれば、それは現実になります。」
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その瞬間、風が吹いた。
花弁がふわりと舞い上がり、
リリアナの髪をくすぐる。
彼女の笑みは、光に溶けた。
――それはこの世界で初めて、
誰もが“美しい”と感じる笑顔だった。
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校舎の影から、マリアがそっとその光景を見ていた。
胸の奥に、静かな衝撃が走る。
「……あの表情、今まで見たことがない。」
カトリーナも腕を組んで頷いた。
「王女が笑うだけで、空気が変わるものだな。」
ソフィアは手を握りしめる。
「レオン様……やっぱりすごい人。」
三人の少女はそれぞれの胸に、小さな火を灯した。
それは嫉妬ではなく――憧れを。
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夕刻。
学院の塔から見下ろす街は、金色に染まっていた。
リリアナは窓辺で、胸に手を当てる。
鼓動が速い。
けれど、それが苦しくはなかった。
「……不思議ですわね。
今のわたくしなら、この世界が少しだけ美しく見えます。」
遠くで鐘が鳴る。
風が、花の香りを運んでくる。
彼女の笑顔はまだぎこちない。
けれど、確かに“生きる光”を帯びていた。
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美しさは、他人に決められるものではない。
心の奥で、自分を赦した瞬間にだけ、
本当の光が生まれる。
次回 第28話『王家の反発』
――リリアナの笑顔が、ついに王都を揺らす。




