第26話 王女の涙
“骸骨王女”と呼ばれた少女。
この世界では笑いの種。
だが彼の目には、誰よりも美しい光が映っていた。
第一章 学院にて ――歪んだ楽園の門出
第26話 王女の涙
春の午後。
学院の中庭には新緑の風が吹いていた。
婚約発表から三日。
王都はまだその話題で持ちきりだった。
「“骸骨王女”が公爵の婚約者だって?」
「笑わせる。どんな手を使ったのかしら。」
噂は冷たい刃のようにリリアナを刺した。
彼女は何も言わず、いつものように本を抱いて歩く。
けれど、その肩の線はかすかに震えていた。
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レオンは廊下の窓辺で、その姿を静かに見ていた。
彼女が通り過ぎるとき、空気がわずかに澄む。
言葉では説明できない。
だが、彼には見えていた。
――この世界の誰もが気づかない、彼女の本当の姿が。
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この国では、
日焼けした肌を「健康的で美しい」と言い、
濃い化粧と派手な装飾が「高貴の証」とされている。
白い肌は“血の気がない”、
細い手足は“弱々しい”、
そして静かな瞳は“暗くて不気味”――
それがこの世界の「常識」だ。
だが、レオンにとっては違った。
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窓から差し込む光の中、
リリアナの横顔が一瞬だけ照らされた。
透き通るほど白い肌。
夜明け前の湖面のような灰青の瞳。
指先まで神経が通ったような繊細な仕草。
――息を呑むほど、綺麗だ。
彼女の頬は、光を受けて柔らかく淡く染まる。
その色は、まるで春に散る梅の花びらのようで。
(……この世界の誰も、これを“醜い”と言うのか。)
胸の奥に、小さな怒りが灯った。
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中庭のベンチに座り、リリアナは膝の上の本を閉じた。
周囲の笑い声が遠くで響く。
彼女は静かにうつむき、
細い指先でページの端をなぞっていた。
その仕草ひとつひとつが、痛いほど美しかった。
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「リリアナ殿下。」
声をかけると、彼女は小さく肩を震わせた。
驚きのあとに、ほんの少し安堵の表情。
「……レオン様。」
その声はかすかに震えていたが、
目だけは真っ直ぐにこちらを見ていた。
「皆、噂を……気にしているのですね。」
「噂など、風と同じです。」
レオンは穏やかに微笑む。
「いずれ過ぎ去る。けれど、殿下の美しさは、誰にも奪えません。」
「……美しさ?」
リリアナは呆然としたように瞬いた。
「わたくしが……?」
「ええ。」
レオンは少し間を置き、静かに言葉を紡ぐ。
「あなたはこの国で“醜い”と呼ばれている。
けれど、私の知る世界では――
あなたのような方を、誰もが“絶世の美少女”と呼ぶ。」
リリアナの唇がわずかに開く。
信じられない、という顔だった。
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レオンは続ける。
「白い肌は、純粋の象徴。
静かな瞳は、品格の証。
飾らない仕草は、心が豊かであるという証拠。
――あなたの在り方は、美の完成形です。」
風が吹き、リリアナの髪が揺れる。
淡い光の中で、まるで彼女だけが時間から切り離されたようだった。
「……どうして、そんなふうに。」
「私は見えているものが違うのです。」
レオンは微笑みを含んだ声で言った。
「だから、この国の“常識”から外れてしまう。」
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リリアナの瞳が揺れた。
ほんの一瞬、潤んだ光が差す。
彼女はゆっくりと顔を伏せ、小さく呟いた。
「……レオン様。
あなたの言葉は、わたくしにとって初めての“優しさ”です。」
その声は震えながらも、確かに届いた。
レオンは何も言わず、ただそっと微笑んだ。
彼女の涙が頬を伝い、光を受けてきらめく。
その一滴を見て、彼は確信した。
――この国の価値観は、必ず変わる。
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美醜の価値は、人の数だけある。
けれど、“心に残る美しさ”は――
見た目ではなく、生き方と気高さの中にある。
次回 第27話『王女の微笑』
――涙のあとに、生まれる初めての笑顔。




