第22話 光の密約
この国では、男が女を選ぶ。
それが神にも等しい掟。
だが、一人の公爵だけが知っていた。
目で見る美ではなく――生き方の美を、選ぶということを。
第一章 学院にて ――歪んだ楽園の門出
第22話 光の密約
アルディス公爵領。
豊かな風が吹き抜けるその地は、いまや王都をもしのぐ繁栄を見せていた。
夜を照らす《光筒》は村々を温め、
収穫量は王家の直轄地を上回る。
人々は口々に「公爵様の領は光の国だ」と呼び始めていた。
城の高台で、レオン・アルディスは風を受けながら報告書を閉じた。
「……民が笑っている。それだけで十分だ。」
傍らの家令が頭を下げる。
「陛下は、閣下の領の急成長に深いご関心をお持ちです。」
レオンは目を細めた。
「関心、ね。……警戒という名の。」
⸻
一方そのころ、王城では重い空気が流れていた。
「アルディス公爵の税収が王都を越えました。」
宰相の報告に、玉座の王が深く息を吐く。
「……行き過ぎだな。」
「陛下、放置すれば“王より強き公爵”が生まれます。」
第一王女セレスティアが一歩進み出た。
「支配ではなく、“縁”で縛るべきです。」
王が顔を上げる。
「縁?」
「そう。婚姻ですわ。
この国では男が女を選ぶ――それが絶対の掟。
ですが、陛下の勅命として“選ぶ時”を与えれば、
王家の意向を無視することはできません。」
「……なるほど。命じるのではなく、“促す”か。」
「ええ。男の権利を尊重する形で、王家の意志を通すのです。」
王は頷いた。
「よかろう。勅使を立てよ。
アルディス公爵に――婚約者の選定を命ずる。」
⸻
学院・旧温室。
夕暮れの光が差し込む中、
リリアナ、マリア、カトリーナ、ソフィアの四人が集まっていた。
「公爵様に……婚約の勅命?」
ソフィアが息を呑む。
「はい。」マリアが頷く。
「王が“選べ”と仰せです。
けれどこの国では――男が女を選ぶ。
つまり、レオン様にとっては“義務”ではなく“審判”の時です。」
沈黙が落ちる。
リリアナは胸に手を当て、静かに言った。
「……きっと、レオン様は形だけの婚約などなさらない。」
「だが王の目は厄介だ。」
カトリーナが低く呟く。
「あの人の信念が歪められちまう前に、何か動かねえとな。」
⸻
マリアが小さく笑った。
「動くといっても、私たちが王に刃向かうことはできません。
ならば、“彼の理想”をこの学院で証明しましょう。」
「理想……?」とソフィア。
「ええ。彼が信じる“心の美しさ”が、偽りでないことを。」
カトリーナが頷く。
「つまり、《光筒》の完成だな。
誰の手にも届く“平等な光”を作る。それがレオンの信じた未来。」
リリアナが穏やかに笑った。
「……ええ。私たちが、その光の証人になります。」
⸻
その夜。
学院の屋上から見える西の空――遠く、公爵領の方角に光が瞬いていた。
リリアナが呟く。
「レオン様も、きっと今ごろ同じ空を見ていらっしゃる。」
ソフィアが手を握る。
「だったら、この光を彼に届けましょう。
私たちが信じる“美しさ”を形にして。」
四人の影が重なり、夜風が吹き抜けた。
その誓いは、まだ誰も知らない“密約”の始まりだった。
⸻
同じ頃、公爵城。
王の使者が、夜の執務室に跪いていた。
「陛下よりの勅命にございます。
――アルディス公爵、婚約者をお選びください。」
レオンは椅子から立ち上がり、
机の上の燭火を見つめた。
「……この国では、男が女を選ぶ。
それは絶対の掟だ。」
「はっ。」
「だが――」
レオンはゆっくりと窓の外へ歩き、
夜空を見上げた。
彼の瞳がとらえたのは、遠くに瞬く学院の光。
「私は、顔や家柄で女を選ぶつもりはない。」
その声は静かだが、揺るぎなかった。
「人の価値は、どんな姿をしているかではなく、
どう生きているかで決まる。
誰かのために立ち、恐れずに前へ進める者――
その姿が、美しい。」
使者が息を呑む。
レオンは続けた。
「私が選ぶのは、清らかな心と、真っ直ぐな意志を持つ人だ。
この世界の“美醜”では測れぬ、
強く、優しい生き方をする人を。」
夜風がカーテンを揺らす。
レオンの横顔は、淡い月明かりに照らされていた。
「陛下にお伝えしろ。
――私は、私の目で選ぶ。」
その言葉は、静かな夜を貫く光となった。
⸻
王は命じた。「女を選べ」と。
だが、レオン・アルディスは“心”で答えた。
彼の言葉は、やがて王都を覆う虚飾を打ち砕く。
そして学院では、
彼に選ばれるにふさわしい自分であろうと、
四人の少女がそれぞれの“美”を探し始める。
次回 第23話『王命と誓い』
王の勅命、四人の決意。
“誰が選ばれるのか”ではなく、“誰が選ばれるに値するのか”が問われる。




