第21話 夜会の余波
仮面が外れたあとに残るのは、
真実ではなく――現実。
それでも人は、
見つけた光を失わないために生きようとする。
第一章 学院にて ――歪んだ楽園の門出
第21話 夜会の余波
夜が明けても、学院はざわついていた。
昨夜の仮面舞踏会で、レオン・アルディス公爵と第三王女リリアナが共に踊った――
その話題で持ちきりだった。
「見た? 本気であの骸骨姫を抱いたのよ!」
「公爵様があんな女に触れるなんて、ありえない!」
「きっと慈善のつもりでしょう。可哀想な女を救って差し上げる、って。」
笑い声が、あちこちで弾ける。
だが、それを耳にしたリリアナは、ただ静かに歩いていた。
顔を伏せず、背筋を伸ばして。
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廊下の窓辺で、ソフィアが駆け寄る。
「リリアナ様! ……大丈夫、ですか?」
リリアナは微笑んだ。
「ええ。私のことより、あなたの実験は?」
「それが……今朝、先生たちに止められて……」
言葉を濁したソフィアの目に、
悔しさと恐れが入り混じっている。
リリアナは彼女の手を取った。
「いいのです。
止められたのなら――別の場所で続けましょう。」
「……別の、場所?」
「はい。きっとレオン様も、そうおっしゃるわ。」
その名を口にした瞬間、
ソフィアの胸がかすかに痛んだ。
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一方そのころ、貴族寮の会議室では。
レオンが学院監督官と向き合っていた。
「アルディス公爵。昨夜の件、王家から正式に確認が入りました。」
「確認?」
「“不適切な接触”。
王女殿下を庶民同然に扱い、公の場で貴族の秩序を乱した――と。」
レオンはゆっくりと息を吐いた。
「……彼らは、まだ仮面の中でしか世界を見ていない。」
「ですが、貴方の立場では軽視できません。
殿下との交友は、今後制限されるでしょう。」
「制限?」
レオンは微かに笑った。
「誰が、誰を制限できると言うんだ?」
その声音には、冷たい決意があった。
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昼休み。
学院の中庭では、マリアとカトリーナが並んでいた。
「……やっかみがすごいですね。」
「まあな。レオンが殿下を選んだ、それだけで女どもが蜂の巣状態だ。」
カトリーナが皮肉げに笑う。
「だが、リリアナ様は笑ってる。
あれは、本当に強い人間の笑いだ。」
マリアはペンを回しながら言う。
「強いというより――信じているのでしょう。
“自分を見てくれた人”を。」
彼女はふと視線を上げる。
中庭の端で、レオンとリリアナが短く言葉を交わしていた。
その距離は遠い。
だが、二人の間に流れるものは確かだった。
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「……私が、迷惑をかけてしまいましたね。」
リリアナの声はかすかに震えていた。
「迷惑?」
レオンは首を振った。
「むしろ、礼を言うべきなのは私の方だ。
君のおかげで、世界がどれほど醜いかがよく見えた。」
その言葉に、リリアナは目を瞬かせた。
「……それでも、この国を愛せますか?」
「愛するさ。」
レオンは即答した。
「私は、この国の“人”を愛している。
歪んだ制度ではなく、そこに生きる誰かを。」
リリアナの頬に、微かな赤が差した。
風が吹き抜け、髪が揺れる。
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その頃――王城では。
第一王女セレスティアが、玉座の間に仁王立ちしていた。
「公爵が第三王女と? 馬鹿げてる!」
「殿下、落ち着きを。」と侍従。
「落ち着いていられるものですか!
あの“骸骨”が王家の恥を晒しているのよ!」
彼女の怒声が響く中、
王妃エルミーナだけが静かに杯を置いた。
「セレスティア。
――あなたは、美しさを何だと思うの?」
「当然、神に選ばれた証ですわ。」
「違うわ。」
王妃の声は穏やかだが、冷ややかだった。
「美とは、人が誰かを慈しむ時に宿るもの。
あなたのように、他人を見下ろしている間は決して届かない。」
セレスティアは言葉を失い、
ただ唇を噛んだ。
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学院の夕暮れ。
旧温室には、再びあの四人の姿があった。
マリアが記録を取り、
ソフィアが装置を調整し、
カトリーナが見張り役を買って出る。
そして、リリアナが窓辺で光を見つめていた。
「……あの人がいれば、きっと変えられる。」
リリアナの呟きに、マリアが微笑む。
「ええ。でも変えるのは彼ではなく――私たちですよ。」
その言葉に、四人が顔を見合わせた。
光が、机の上で脈打つ。
その光こそが、
“彼と出会った証”だった。
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舞踏会の夜は終わった。
だが、心に灯った光は消えない。
王家は彼らを危険視し、
学院は彼らを笑う。
それでも、レオンとリリアナ、
そして四人の少女たちは歩き始める。
次回 第22話『光の密約』
学院の地下で交わされる、
最初の“秘密の契約”。




