第19話 光を生む手
変わらないと思われた世界の中で、
小さな“光”が生まれた。
それは、権力でも奇跡でもなく――
たった一人の少女の手が生んだものだった。
第一章 学院にて ――歪んだ楽園の門出
第19話 光を生む手
学院の午後。
鐘の音が遠くで鳴り響くころ、
貴族寮の書斎では、レオン・アルディスが一枚の報告書を手にしていた。
「実験棟にて爆発。第三王女リリアナ殿下、現場に居合わせ。」
簡潔な文面。
だが、それだけで十分だった。
「……また、彼女か。」
寮の窓から見える中庭の空は、いつもより曇っていた。
遠く、旧温室の方角にうっすらと光が滲んでいる。
「危険な実験、か……」
彼は小さく笑う。
「彼女が“危険”なことなどあるはずがない。
危険なのは、いつだって“変化”を恐れる者の方だ。」
レオンは外套を肩に掛け、廊下を抜けて夜の学院へ向かった。
⸻
旧温室。
昼間の爆発の跡はすでに片づけられていた。
だが、奥の方で灯る淡い光が、まだ生きていることを告げている。
レオンが静かに扉を押し開けると、
そこには四人の少女がいた。
リリアナ、マリア、カトリーナ――そして見知らぬ少女。
小柄で、整いすぎた顔立ち。
現代で言うならば、完璧に近い“美少女”。
だが、この世界ではその美しさこそ“異形”だった。
肌は白すぎて血の気がなく、
丸みのない頬は「貧相」と笑われる。
その整った顔立ちは、“気味が悪いほど対称”とさえ囁かれていた。
⸻
「――リリアナ殿下。」
レオンの声に、リリアナが振り向く。
「レオン様!? どうしてここに……」
「学院の報告を見てね。
少し、気になって。」
彼は温室の中央へ歩み寄る。
机の上には、金属と硝子で作られた小さな筒。
その中で、炎ではない光が淡く脈打っている。
「これは……?」
レオンが問うと、
白い頬を煤で汚した少女が勢いよく頭を下げた。
「し、失敗作です! あの、爆発しちゃって……でも光ったんです!」
「光った?」
「魔石を使わずに。
貧しい家でも夜を明るくできるようにしたくて……」
レオンはその光に手をかざした。
熱はない。
けれど、確かな温もりを感じた。
⸻
「名は?」
「ソフィア・リンドです。庶民です!」
レオンは笑った。
「庶民? そうは見えないな。」
「……見た目の話、ですか?」
ソフィアが苦笑する。
「“整いすぎて気味が悪い”って言われてばかりです。
だから、顔は嫌いなんです。
でも……手だけは、好きです。
何か作れるから。」
彼女の指は煤で黒ずみ、
爪の間に細かな金属粉が残っていた。
「いい手だ。」
レオンが言った。
「人のために動く手は、美しい。」
ソフィアの肩が震えた。
この国で、そんな言葉を言われたのは初めてだった。
⸻
マリアが静かに口を開く。
「閣下、この発明は学院上層部に“危険思想”と認定されました。
魔石産業の商会が黙っていません。」
「つまり、正しいということだ。」
レオンは迷いなく言い切る。
「真に価値あるものは、いつだって“危険”と呼ばれる。」
リリアナが目を見開いた。
まるで、彼が自分の心を読んだかのようだった。
⸻
「殿下。」
レオンは彼女の方を向いた。
「君がこの子を守ったのだろう?」
「はい。彼女の光は、人を照らすものでした。」
「そう思うなら、その信念を貫きなさい。
たとえ、世界が君を間違いだと言っても。」
リリアナは言葉を失い、
ただ静かに頷いた。
⸻
沈黙のあと、
カトリーナが笑って場の空気をほぐした。
「おいおい、ずいぶん熱いじゃねえか、公爵さん。
でも嫌いじゃないぜ、そういうの。」
マリアがため息をつく。
「感情論は嫌いですけど、今だけは賛成ですね。」
ソフィアは涙を拭って笑った。
「じゃあ、私……この光、もっと強くします!」
「いいな。」とレオン。
「世界が眩しさに目を細めるくらいに。」
⸻
夜の風が温室を吹き抜ける。
光が四人と一人の影を照らし出す。
レオンはその光景を静かに見つめながら、
心の奥で呟いた。
「――この世界にも、まだ“本当の美”は残っている。」
公爵にして学院生、レオン・アルディス。
彼は、この世界の価値観の外からやってきた。
美とは、心の形。
醜とは、傲慢の影。
そして今――彼の手が、
四人の異端を“未来”へ導こうとしている。
次回 第20話『仮面の舞踏会』
華やかな夜会の幕が上がる。
そこで彼らは、
“美しい仮面”の裏に潜む腐敗と向き合う。




