表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界の美しいは間違っている  作者: ゆう
第五章:選び続ける世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

110/112

第五章 第13話 ソフィアが残すもの

第五章 第13話 ソフィアが残すもの


 工房の朝は、いつも騒がしい。


 歯車の噛み合う音、金属を叩く乾いた響き、誰かの失敗を笑い飛ばす声。秩序正しく整えられているわけではないが、止まることはない。ここでは、完成よりも更新が優先されていた。


 ソフィア・リンドは、その中心にいながら、少し離れた位置で全体を見渡していた。


(……私、前より手を動かしていない)


 以前なら、真っ先に工具を握り、誰よりも早く試作品を組み上げていた。失敗しても構わない。自分がやるのが一番早かったからだ。


 だが今は違う。


「ソフィア、これどう思う?」


 声をかけてきたのは、十代の少女だった。まだ技術は拙いが、目は真剣だ。手には、ソフィアが昔考えた構造を元にした設計図がある。


「……いいと思う」


 ソフィアは、すぐに答えた。


「ここ、もう少し軽くできるかも。

 でも、それはあなたが決めて」


「え、いいの?」


「うん。

 私が決めると、“私の発明”になるから」


 少女はきょとんとした顔をし、それから嬉しそうに頷いた。


 その背中を見送りながら、ソフィアは胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


(私がやらなくても、進む)


 それは、寂しさではない。

 誇らしさに近い。


 昼前、工房の一角で簡単な講習が始まった。

 集まっているのは、年齢も出身もばらばらな女性たちだ。かつて“醜女”と呼ばれ、学ぶ機会すら与えられなかった者も多い。


「これは、正解を教える場じゃない」


 ソフィアは、そう前置きしてから話す。


「失敗して、理由を考える場所。

 うまくいったら、誰かに渡す場所」


「渡す……?」


 誰かが、不思議そうに聞き返す。


「うん。

 抱え込むと、止まるから」


 それは、経験から出た言葉だった。


 ソフィアは、かつて一人で走り続けていた。

 発明は楽しかったが、孤独でもあった。理解されないことより、理解される前に次へ進んでしまうことの方が多かった。


 今は違う。


 誰かが引き継ぎ、誰かが改良し、誰かが壊す。

 その循環が、未来を作っていく。


 午後、学舎の中庭で、子どもたちが簡単な装置を囲んで騒いでいた。

 歯車を回すと、小さな旗が上がるだけの仕掛けだ。


「すごい!」

「もう一回!」


 その声を聞きながら、ソフィアは思う。


(これが、残すってことなんだ)


 自分の名前が残る必要はない。

 仕組みだけが残ればいい。


 夕方、レオンが工房を訪れた。

 視察というほど堅苦しいものではない。ただ、様子を見に来ただけだ。


「最近、静かだな」


「うん。

 私が前に出てないから」


「問題は?」


「ないよ」


 ソフィアは笑った。


「むしろ、面白い。

 私が思いつかなかったやり方が、いっぱい出てくる」


 少し間を置いて、彼女は続ける。


「……前はね。

 あなたがいるから、ここにいられるって思ってた」


 レオンは黙って聞いている。


「でも今は違う。

 ここに“残したいもの”があるから、いる」


「それは?」


「人」


 即答だった。


「私がいなくても続く人たち。

 私がいなくなった後も、作り続ける人たち」


 それは、発明者としての到達点だった。


 夜、工房の灯りが一つずつ消えていく。

 最後に残ったのは、学舎の一角の明かりだ。誰かが遅くまで図面を引いている。


 ソフィアは、その光を見つめながら思う。


(未来は、もう私の手を離れている)


 だが、それでいい。

 手を離したからこそ、広がっていく。


 守られる存在だった少女は、

 未来を残す者になった。


 それが、ソフィア・リンドという選択だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ