第五章 第10話 選ばれなかった声
第五章 第10話 選ばれなかった声
王都の外れにある小さな庭園は、かつて貴族の集会に使われていた場所だ。今ではほとんど使われることもなく、手入れも最低限に留められている。その静かな場所に、数人の女性が集まっていた。
彼女たちは皆、かつて“美しい”と称えられてきた存在だった。
丸みのある顔立ち、柔らかな肌、流行の装い。社交場では常に男たちの視線を集め、選ばれる側であることを疑ったことなどなかった。
――少なくとも、最近までは。
「……ねえ、本当に来てないの?」
一人が、苛立ちを隠そうともせずに言った。
「招待状は出したわ。
前なら、必ず来ていた人たちよ」
別の女性が答える。その声には、不安が滲んでいた。
庭園に集まった理由は単純だ。
“確認”したかったのだ。
自分たちが、まだ選ばれる存在なのかどうかを。
だが、待ち合わせの時間を過ぎても、男の姿は現れなかった。
代わりに聞こえてくるのは、遠くの街の喧騒だけだ。
「……公爵領の話、聞いた?」
沈黙に耐えきれず、誰かが口を開く。
「またその話?」
「だって……最近、あの話題ばかりよ。
選ばれなくても生きていける女たち、ですって」
嘲笑混じりに言おうとした声が、途中で弱まる。
「……本当に、そんなことがあるの?」
問いは、誰にも向けられていない。
同時に、全員が答えを知っていた。
ある。
だから、ここに集まっている。
彼女たちは、努力してきた。
美しくあるために、食事を制限し、肌を傷め、競い合ってきた。
それが正しいと教えられてきたし、疑う理由もなかった。
だが今、成果が保証されなくなっている。
「選ばれないって……
私たちが、何か間違えたってこと?」
その言葉に、誰も即答できない。
間違えたのか。
それとも、世界が変わったのか。
その違いを考えること自体が、恐ろしかった。
一方、公爵領では、同じ時間がまったく違う空気で流れていた。
朝の市場では、女性たちが忙しなく行き交っている。
荷を運ぶ者、帳簿を確認する者、子どもを連れて立ち話をする者。
そこに男の姿は少ないが、誰もそれを不自然とは思わない。
男は尊ばれている。
だが、中心ではない。
レオンは執務室で、いくつかの報告に目を通していた。
内容は多岐にわたるが、どれも“順調”という一言でまとめられる。
(……静かだな)
かつてなら、これを成功と呼んだだろう。
だが今は違う。これは、定着だ。
ミリアが書類を持って入ってくる。
「王都から、非公式の問い合わせがありました」
「どんな内容だ」
「“公爵領では、選ばれなかった女性が不満を持たない理由”です」
レオンは、わずかに眉を上げた。
「答えは?」
「出していません。
理由を説明すると、前提が崩れますから」
ミリアは続ける。
「王都では、選ばれなかった声が、行き場を失っています」
「抑え込まれている?」
「いえ。
“無かったことにされている”」
その違いは大きい。
抑え込まれているなら、いずれ爆発する。
だが、無かったことにされれば、本人ですら声を上げられない。
「こちらに来たい、という声も?」
「あります。
ただし、多くは“選ばれなかった自分を否定されたくない”と悩んでいます」
レオンは、少しだけ視線を落とした。
(……選ばれなかった声、か)
この領では、それを前提に制度を組み上げてきた。
だから、声は消えない。形を変えて残る。
夕方、街を歩くと、学舎の前で議論する女性たちの姿があった。
内容は真剣だが、感情的ではない。
「私は、この仕事を続けたい」
「なら、どう調整する?」
「ここを変えれば、可能かもしれない」
誰も“許可”を求めていない。
選ばれることを前提にしていないからだ。
同じ頃、王都の庭園では、沈黙が重くのしかかっていた。
「……ねえ」
最初に口を開いた女性の声は、小さかった。
「もし、私たちが
“選ばれないまま”でも生きていける場所があるなら……
それって、逃げなのかしら」
誰も笑わない。
誰も否定しない。
ただ、答えが出ない。
夜、公爵領の灯りがともる。
レオンは丘の上で、その光を眺めていた。
彼は、声を集めようとはしない。
救いを約束もしない。
ただ、場所を開いているだけだ。
選ばれなかった声が、消えないための場所。
否定されず、黙らされないための場所。
世界は今、二つに分かれ始めている。
選ばれ続けることにしがみつく世界と、
選ばれなくても進める世界。
そのどちらが正しいかを、レオンは決めない。
決める必要もない。
選択は、すでに各々の手の中にあるのだから。




