第五章 第7話 数字が語る違和感
第五章 第7話 数字が語る違和感
最初に気づいたのは、医療局だった。
定期報告として提出された出生記録の束を前に、担当官の女性は何度も数字を見直した。誤記を疑い、別の帳簿と突き合わせ、集計方法も確認する。それでも結果は変わらない。
(……おかしい)
公爵領全域の出生数は、安定して増えている。そこまでは想定内だ。移住者が増え、生活基盤が整えば当然の結果である。だが、問題はその内訳だった。
男児の割合が、じわじわと上がっている。
劇的な変化ではない。統計として騒ぐには、まだ早い数字だ。だが、長年この仕事に携わってきた者なら分かる。これは偶然ではない。
報告は慎重にまとめられ、中央庁舎へ送られた。
ミリアは書類に目を通し、しばらく黙ったまま指先で机を叩いた。
一度ではない。二度目、三度目。どの地域も同じ傾向を示している。
「……条件が、揃いすぎている」
独り言のように呟く。
そこへマリアが呼ばれ、数値の精査を依頼された。彼女は無言で計算を始め、やがて静かに結論を出す。
「誤差ではありません。
しかも、増えている地域には共通点がある」
「どこ?」
「“王都基準で醜女とされた女性”の定住率が高い区域です」
その場の空気が、わずかに張りつめた。
午後、レオンも含めた小規模な打ち合わせが開かれた。
大げさな会議ではない。事実確認だけだ。
「つまり……」
ソフィアが言葉を選ぶ。
「見た目で価値を否定されてきた女性たちの方が、
男の子を産む割合が高い、ってこと?」
「現時点では、そう読めます」
ミリアが答える。
「生活環境、医療水準、栄養状態。
条件はほぼ同じです。差が出る理由は……」
「“選ばれ方”だろう」
レオンが口を開いた。
全員の視線が集まる。
「彼女たちは、選ばれるために削られていない。
無理な化粧も、過度な競争も、身体を壊す習慣もない」
沈黙が落ちる。
誰も否定しなかった。
この世界では、美とされる女性ほど、身体に無理を重ねてきた。
太ることを恐れ、肌を痛め、常に他者と比べられる。
それが“選ばれるための努力”だと信じ込まされてきた。
「……皮肉ですね」
リリアナが静かに言う。
「男を多く産んでいるのは、
男に選ばれなかったと蔑まれてきた人たちだなんて」
「皮肉じゃない」
レオンは首を振った。
「当然の結果だ。
身体を守り、生活を選べる者が、次を残す」
その事実は、あまりにも重い。
もしこれが広まれば、世界の前提が揺らぐ。
“美しい女が価値を持つ”
“男を多く産むのは選ばれた女だ”
そのどちらも、数字は否定し始めていた。
数日後、同様の報告が他国からも届き始める。
公爵領ほど顕著ではないが、同じ傾向が見えるという。
「……追いつこうとして、真似た国ですね」
ミリアが言う。
「学舎と医療だけ導入した国ほど、顕著です」
マリアが補足する。
「価値観まで変えていなくても、
生活環境を整えるだけで、結果は出る」
それは、逃げ場のない事実だった。
美醜逆転社会の根幹――
“男が少ないのは、女の質の問題”という神話が、崩れ始めている。
夕方、レオンは一人で街を歩いた。
市場では、子どもを抱えた女性たちが談笑している。
化粧は薄く、服は実用的だが、表情は穏やかだ。
(世界は、理由を探すだろう)
陰謀論も出る。
呪いだ、操作だ、特殊な薬だと騒ぐ者もいる。
だが、真実は単純だ。
削られない身体。
恐れのない生活。
選ばれるために無理をしない日常。
それだけで、結果は変わる。
夜、庁舎の灯りの下で、ミリアは報告書を封じた。
公表はしない。まだ早い。
だが、隠すつもりもない。
(いずれ、世界が気づく)
公爵領が特別なのではない。
特別だったのは、これまでの世界の方だ。
数字は嘘をつかない。
そして一度語り始めた違和感は、もう黙らせることができない。
この日、公爵領では何も起こらなかった。
だが、世界の前提は、静かに音を立ててひび割れ始めていた。




