勇者たちの災難
ブリターニャ王国第一王子としての仕事をようやく終え、市中を歩いても目立たぬ服装に着替えて城を後にしたアリストを門外で出迎えたのは金髪を靡かせた若い女性ひとりだけだった。
もちろん予定は伝えており、現にその女性はこうしてやってきているのだから、彼女の隣の部屋にいる三人の剣士がやってこられないということはない。
……つまり、何かあったというわけですか。
……まあ、私が魔術師であることを知られたくないため荷物持ちとして彼らに来るように伝えただけなので、転移魔法だけではなく高位の防御魔法も使えるフィーネさえいれば問題は何もありません。
……ですが……。
アリストはその女性を眺めて心の中で呟く。
……私が目立たぬようにしているのにそれはないでしょう。
アリストが思わず苦笑いをしてしまったその原因。
それは玉の輿に乗れる相手を見つけるためだけに舞踏会に出かける貴族の令嬢のものと表現できそうな彼女の装いだった。
そう。
もともと異性の注意を引く外見を持つ彼女の、その女性らしさを過度に強調するその装いは目立たぬようにという彼の努力を台無しにしてしまったのである。
ただし、一品だけその装いに不似合いなものを彼女は身に着けていた。
左の腰に差された細身の剣。
それがその品となる。
そして、本来の使用方法ではなかったようではあるが、それが使われたことを示すように数人の男が地面に蹲っている。
……おおかたひとりで立っていた彼女に手を出そうとして、お仕置きと称する一方的な暴力が振るわれたのでしょうね。そして、その方法は剣による殴打。
……さぞかし痛い思いをしたことでしょう。お気の毒様。
……その方はたしかに美しいし本物の令嬢なのですが、あなたがたがやろうとしたようなことには特に厳しい方でもありますので、ついていなかったと諦めてください。ですが……。
……それでもあなたたちは幸運だったとも言えます。
……フィーネの剣速は勇者であるファーブと同等。さらに特別な材料でつくられた彼女の剣の切れ味もまた特別なもの。つまり、彼女がその気になったら、あなたがたは何が起こったのかわからないうちに首が胴体から離れていたか、そうでなくても胸を貫かれて絶命してはずなのですから。
……そして、なによりも彼女は有能な魔術師。あなたがた程度なら何人いようが指先を少し動かしただけですべてが終わっていたことでしょう。
心の中でアリストはそう呟き、地面で呻く男たちを憐れみに嘲りの成分を混ぜ込んだ目で眺めながら、その女性に話しかける。
「フィーネ。それでファーブたちは……」
そこまで口にしたところでアリストは言葉を止めた。
……聞くまでもないこと。
……私の出迎えなどという地味で面倒な仕事はしたくない三人は彼女が目を掻い潜りどこかに逃げ出した。
……当然それを許すはずがない彼女が三人を探すものの見つからなかった。もしくは……。
……楽しそうに大立ち回りをおこなっている彼らを見つけた彼女が厳しいお仕置きをした結果、やむを得ない状態に陥り、彼らはここに来ることができなくなったという二択。
……まあ、彼女のスッキリした表情からどちらが正解かはあきらかなのですが。
やってきたブリターニャ王国の第一王子の複雑な表情を興味深く眺めていたその女性が口を開き、皮肉めいた言葉を投げかける。
「三人がなぜ来ていないのかを聞かないのですか。アリスト」
……その問いをその表情でするということは、やはり正解は後者ですね。
アリストは小さく首を横に振る。
「いいえ。それよりも、あなたこそどのような心境の変化があったのですか?私の迎えごときのためにわざわざそんなに着飾ってやってくるとは」
皮肉に対するお返しのような彼の言葉にその女性は面倒くさそうにドレスの裾を摘まむ。
「これは万が一、王城に呼び込まれた時のために用意したものですが、どうやらその必要はなかったようですね。まあ、このまま転移魔法で宿に戻ることもできますが、せっかく着たくもないドレスを着たのですからロフォーテンの男どもに目の保養させることにしましょう。元を取るために」
「つまり、歩いて帰るということですか?」
「そうです。そして、その間にあなたに甚振られたノルディア国王が泣きながら口にしたさえずりがどのようなものだったのかを聞くことにしましょうか。暇つぶしに」
……仕事の結果をさっさと言え。ということですね。
……ですが、そうなると……。
日頃無神論者然としているアリストであるが、さすがに今回ばかりはこれが神からの啓示のおかげではなかったのかと思い、自嘲気味に間接的な感謝の言葉を呟く。
……まさか、こうなるとは思いませんでしたが、いただいた土産は帰国の挨拶がてら改めて明日取りに来ると言っておいたのは正解でした。
……まあ、保管中に多少の目減りはあるかもしれませんが、重い荷物を持って宿まで歩くことに比べれば百倍マシというものです。
アリストは多くの思いを噛みしめて再度苦笑いする。
「わかりました。では、とりあえず……」
そう言ってから彼は目についた公園を指さす。
「あそこで少し話をしましょうか」
それから少しだけ時間が進んだその公園。
遠くからそのふたりを眺めれば、品のよい顔立ちをした男女が愛を語らっているように見えるそこでは、見た目とはまったく違う内容の会話がされていた。
その終盤。
会話の一方の当事者であるその女性は少しだけ驚きの表情を見せていた。
「……つまりノルディアの急激な荒廃は魔族に有り金をすべて巻き上げられた結果ということなのですか?」
それに対し彼女の相手であるその男、つまりブリターニャの第一王子であるアリストはまずはその言葉を肯定するために頷き、それからそこに補足の言葉をつけ加える。
「まあ、表現はともかく内容的にはそういうことになります」
「それで、ノルディア軍の足止めというよりも解体、それどころかノルディアという国自体をここまで弱体化させ、あまつさえ連合軍からの離脱させることにまで成功した魔族はいよいよここまで攻めてくるということですか?かりそめの約束を反故にして」
「そのとおり。と言いたいところですが、おそらくはそうはならないでしょう」
アリストがその言葉とともに大きく首を横に振ると、彼にその問いを投げかけた女性は表情を厳しいものに変え、重ねて問う。
「理由は?」
「今のノルディアの状況とクアムートに駐屯している魔族軍の戦力を考えれば、騙し討ちなどせずとも奪われた領土の奪還どころかこの国を短期間で滅ぼすことだって可能です。それなのにわざわざ休戦協定を結んだということは魔族側には攻める気がない。おそらく彼我の状況を誰よりも知っているノルディア王もそのことに気づいて魔族の要求を受け入れたのでしょう」
「たしかに……」
その女性は納得しかけたところで、男の言葉のある部分に気づく。
……魔族の要求?
「もしかして、この休戦は魔族側から言い出したということなのですか?」
その女性の半信半疑の気持ちを具現化したような言葉にアリストが答える。
「圧倒的有利な立場である魔族側が望まなければこの休戦が成立しない以上、それしかないでしょう。ついでにいえば、捕虜返還を持ち掛けた段階から彼らの頭のなかにはその計画があったと思って間違いないでしょうね」
「なるほど」
アリストの言葉にそう返してから女性は少しだけ考え込む。
……各地で同胞が皆殺しにされているこの状況でそのような選択ができるというのは魔族の指揮官はそれなりの地位がある者である証拠。そして……。
……もし、私たちの予想どおりその指揮官がデビュー戦ともいえる例の戦いを指揮した者と同一人物であるとしたら、それとともに、そのやり方はこれまでの魔族のものとはまったく違うともいえます。
……それは、まるで人間。しかも、相手が魔族なら年齢性別関係なく躊躇いなく殺すこの世界ではなく、人道主義の教育を受けた私が元いた世界の者のような。
……もしかして……。
……その魔族は別の世界からやってきた者ではないのでしょうか……。
実を言えば、その女性であるフィーネがノルディアを無力化したこの魔族、つまりグワラニーを自分と同じ世界からやってきた者ではないかと考えたのはこの時が最初だった。
だが、それは特別な証拠を見つけたからではなく、これまでの戦いの痕跡からほのかに漂う香りに対する感想のようなものであり、確証ともいえるものを目にして彼女を自分と同郷の者であると認識したグワラニーとは根本的に違う。
気にはなるが、その思いをフィーネがすぐに脇に置けたのはそのような事情が大きいといえるだろう。
大きな深呼吸をしてから、彼女は心のなかにあるものを表情のどこにも表すことなく言葉を吐き出す。
「それで、対魔族連合軍から離脱したノルディアの代わりに私たちがクアムートを落としにいくのですか?」
「いいえ。それはやめておきましょう」
……ん?
……これはおかしい。
その心の声のとおり、自らの問いに対してすぐさまやってきた男の返答に彼女は特大の疑問符を浮かべた。
なぜなら、自分の目の前にいる男は以前自らの待ち人が大きな力を持たぬうちに潰しておくべきだと言っていたのだから。
……クアムートに駐留している魔族部隊の指揮官はまちがいなくアリストの待ち人。
……そして、それはアリストだってわかっているはず。
……つまり、今の言葉は以前口にした話とはあきらかに矛盾します。
……方針変更。ということなのでしょうが……。
……当然その理由は聞かせてもらいますよ。
……どうやら私の言葉に納得していないようですね。
隠しても隠し切れないフィーネの険しい表情からその感情を察したアリストは小さく頷くと、さらに言葉を続ける。
彼女が欲したものを提供するために。
「実は、おもしろい情報を入手したのです」
「おもしろい情報?」
「もちろんこれは王城にいる間に裏から手に入れた非公式なものなのですが、どうやらノルディアは魔族と商取引を始めるようです」
「えっ?」
たしかにそれはおもしろい情報ではある。
だが、それとともに、これまでの人間と魔族の歴史を考えれば驚かざるを得ないものでもある。
もう一段階感情を隠さなければならなくなったフィーネが心の中で呟く。
……いくら停戦したといっても、さすがにこれは信じられないことです。
……ですが、アリストの顔を見るかぎり冗談でも間違いでもない。
……つまり、事実。
一瞬の間の後、フィーネが口を開く。
「その商取引というのは交易のことですか?」
その言葉に男が頷く。
「まあ、交易といっても、商品の流れはノルディアから魔族へという一方向だけのようですが」
……なるほど。そういうことですか。
……ですが……。
……さすがにそれを交易とは言わないと思いますよ。
フィーネはその心の声を言葉にする。
「それは形を変えた商品の略奪ではないのですか?それとも身代金の現物払いとか?」
フィーネの問いの形をした意見表明。
男が説明した商品が一方通行という状況を考えれば、それはそう的外れなものではない。
……その事実だけを聞けばたしかにそうなりますね。
男は薄い笑みとともに先ほど口にした自らの言葉を補うように隠された部分をあきらかにする。
「実は、私もその話を聞いた時にそう考えたのですが、どうやらそうでないようです。なにしろ、それを持ち掛けたのはノルディア側なのですから」
「ノルディアから?彼らが交易を始めたいと言ったのですか?」
「はい。そして、そこから考えられることはひとつ」
「……それは?」
「それによって取られた金貨を少しでも取り戻そうということなのでしょう。一方の魔族がそれをおこなうことでどのような形の利が得られると考えたのかはわかりませんが、とりあえず彼らもそれを承諾したようです。まあ、魔族にとっては理不尽に奪い取ったもの同然の金貨で物を買うのですから損はありませんが」
「なるほど。ですが、いいのですか?……」
「もちろん対魔族連合軍の提唱者の一族という立場で言えば、これは由々しき事態ではあります。しかし、私個人としてはそのような平和的な関係までできたのであればあえてそれを壊す必要はないと考えます。その情報は公式に手に入れたものではなし。聞かなかったことにするつもりですので、フィーネも私の言葉はすぐに忘れてください」
……つまり、形はどうであれ交易がおこなえるくらいにまで安定した国境線に波風を立てたくないということですか。
……まあ、クアムートに出向かない理由の中心がそれということではないのでしょうが、今はいいことにしておきましょうか。
……せっかく見つけた情報を手に入れられる可能性がある者をその可否も確かめもしないうちに殺さなくて済んだのですから、私としてもこれは悪くない選択と言えるのですから。
フィーネは大きく息を吐くと、その心の声を、少しだけ表現を変えた言葉にして解き放つ。
「まあ、戦う気がない相手にわざわざ喧嘩を売りつける必要などないと思うので、私はそれでも構わないのですが、戦闘狂の馬鹿三人組がアリストの意見に賛成するのかは微妙ですね」
フィーネのこの言葉は正鵠を射ている。
そして、もちろんその理由は語るまでもない。
だが、アリストもそれは十分に承知している。
「そうですね。特に相手は強大な敵だと知ればなおさらです。まあ、それは私がどうにかします。ところで、話は変わりますが、その厄介な三人はどのような理由でここに来られないくらいの厳しいお仕置きをあなたから受けたのですか?」
……本当に随分と話が変わりますね。
……しかも、私がお仕置きをした前提とは全くもって失礼な。
……まあ、私にお仕置きされたせいで彼らはここに来られなくなったのは事実ではあるのですが。
その心の声が滲むようにフィーネは薄く笑った。
……先ほどは聞く気がないようなことと言っておきながら、結局問うとは少々虫が良すぎる気もしますが、どちらにしても宿に着くまでには話さなければならないことですから、よしとしましょうか。
フィーネはそれまでとはまったく違う種類の笑みを浮かべて口を開く。
「では、聞いていただきましょうか。三馬鹿剣士お仕置き顛末記の一席を」
そう言ったフィーネの口から流れ出てきたもの。
それは拷問に等しい厳しいお仕置きに耐え切れず、勇者と兄弟剣士が涙ながらに自白したその日に起こった出来事を、盛大に偏って解釈したフィーネが自らを過剰に美化したうえ、多くの想像とありえない脚色を加えて面白おかしく再構築した物語を語る言葉だった。




