魔術師が知るあの日のできごと
あの日。
アリストはクアムート近郊の町バベロでその男が率いる軍に出会い、そして偶然その場に居合わせた。
だから、アリストはすべてを知っていた。
いや、聞いていたと言ったほうがいいだろう。
そのときのタルファとベルガ、それから名を知らぬもうひとりの将軍がどのようなやりとりをしていたのかを。
「タルファ殿。グズグズせずここを出立しましょう」
「そのとおりです。友軍が駐屯しているオコカへ急ぎましょう」
「そうはいかん。たしかにクアムートで大敗を喫し、身なりもこれだが、我々は誇り高きノルディア王国軍。我が国の民を置き去りにして逃げ帰るわけにはいかん。この町にいるすべての者を守りながらオコカに向かい、そして全員でノルディアに戻る」
「しかし、ここにいる大部分は軍相手にあこぎな商売をしていた者たち。我々が命を張るまでの価値はありません」
「そのとおり。それにここにいる者を放置すれば魔族どもは狩りを始めるのは間違いありません。そうすれば、多少なりとも我々が逃げる時間を稼げます。放置こそ最善の策」
「つまり、ここにいる者たちを我々の盾に使うわけですね。さすが、ベルガ将軍。すばらしい策です」
「いや。いざとなれば私が指揮を執り直属部隊が応戦して時間を稼ぐ。とにかくここにいる全員を連れて帰る。これは決定事項だ」