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大魔術師の勤勉な日々 Ⅱ

 三日後。

 父王から押しつけられたアリストの公的な仕事もあと二日となったその日の午後。


「……陛下のおっしゃったノルディアの苦境については概ね理解しました。そういうことでしたら、わざわざ新たな災いの種を蒔くこともありませんので、差しさわりのないようブリターニャ王へはノルディアはクアムートで大きな大打撃を受け当分の間戦いに参加できないだけと報告させていただくことにいたします」


 ブリターニャ王国第一王子が口にしたその言葉にノルディア国王が頷く。


「お気遣い感謝する」


 ……これで終わりだ。


 相手に形ばかり示した謝意とともに王は心の中で安堵する。


 ……随行員も連れずに我が王城に乗り込んできたからどれほどのものかと思ったが、たいしたことはなかった。

 ……まあ、他国の王子どもに比べれば多少はやるが、やはり経験の差で私の足元にも及ばない。

 ……まだまだ甘い。


 ……そして、これが最後の一手だ。


「わざわざ来ていただいたうえ、我が国の立場をよく理解していただいた王子を手ぶらで返すわけにはいかないと思い、心ばかりのお礼を用意させてもらった。快く受け取ってくれ」


 王がその言葉とともに視線をやったのは土産または感謝の印というには質量ともに豪華過ぎる品々だった。


 そう。

 これはいわゆる賄賂。

 つまり、口封じのための品である。


 ……これだけの品を揃えるのは今の我が国には少々厳しかったのは事実だが、相手は大国ブリターニャの代表にして第一王子。この男を完全に黙らせるのにはやはりこれくらいは必要なのだろうな。とにかく、これを受け取るからには、この品に見合うだけは我が国のために働いてもらうぞ。


 もちろん王はこれですべてが自分の思い通りに進むと確信したわけだが、残念ながら、それはとんでもない見当違いだった。

 まず、王の前にいるのは、間違いなくたったひとりで他国の王城に乗り込むだけの様々な能力と胆力が備わった者であり、アリストが持つ洞察力と交渉力はノルディア国王のそれを遥かに凌駕する。

 それに加えて、アリストは旅仲間のひとりの影響からか王子とは思えぬくらいに王子にふさわしく経済概念が発達している。

 当然アリストはそれが裏にどのような目的があろうともタダでくれるというものを断ることはない。

 ただし、それによってやるべきことに手心を加えるかといえば、そういうわけではない。

 いや。

 どちらかといえば、さらに手綱は厳しくなる。

 そして、それはまさにこの場面で証明される。


「これは本当にすばらしい品。しかも、これだけたくさん。まさにここに来たかいがあったというもの。では、遠慮なく頂戴いたします。ありがとうございました。陛下」


 まずはその言葉によって品物の所有権を確保してからそれは始まる。


 ……品物はたしかにいただきました。

 ……ですが、それはそれ。これはこれ。

 ……逃げ切ったと思うのはまだ早いですよ。


 黒々としたその思いが籠った声がブリターニャ王国第一王子の口から吐き出される。


「まあ、これはいうまでもないことなのですが、ノルディアの動向に関係なく私たち残された国は魔族との闘いを続けることになります」

「うむ」


「そのためには魔族についての情報を集めなければなりません。ノルディアが対魔族の戦いに参加できなくなったことをブリターニャが是とするのだから、この点についてはノルディアには最大限の協力をしていただきます」


 一国の王に対するものとは思えぬその言葉。

 相手は呻かざるを得ない。


 目の前の男が言外に要求してきたことはできれば避けたいと思っていたもの。

 しかも、賄賂を手渡し、すべてが終わったと思った直後にやってくるという絶妙のタイミング。


 王がその言葉を快く受け入れることが困難なのはどの理由から見ても十分に理解できるものである。


 ……くそっ。謀ったな。小僧。

 ……だが、さすがにやると言ったものを返せとは言えぬ。


 その心の声が滲む不快そのものという表情を湛えたノルディア王が口を開く。


「……具体的には?」

「まず、魔族軍内部の様子を知る捕虜になった方々。それから、実際の戦いに最後まで参加し、魔族の追撃をかわして退却した軍を指揮した将軍の言葉を聞かせていただきましょう。やはり、高みから戦況を見た者の感想は必要ですから」

「……なんだと」


 王はその言葉以上に驚いていた。


 実をいえば、アリストが現場にいた者からの聞き取りを求めてくるのは王とノルディアの重臣たちの中では想定内のものではあった。

 だが、要求されると予想していたのはあくまで捕虜になった者へのもの。


 だから、引き合わせる者の人選もすでに済ませていたのだが、敗戦の罪を着せ家族ととども魔族に引き渡したその男をブリターニャ王国の王子が話を聞く相手として指名してくるのはまったくの想定外のことだった。


「退却を指揮した将軍?」


 とぼけようとしてものの、さらに増した不機嫌さが勝り、王が思わず心情を滲み出した言葉を吐き出すと、それを要求したブリターニャ王国の第一王子は重々しく頷く。


「……クアムート戦ではたしかにノルディア軍は大きな痛手を受けました。参加将兵の半数以上が戦死。さらに約五千人が捕虜となり、野営地から逃亡した者も多数いると。ですか、一部の部隊は隊列を崩さず堂々と本国に戻ってきたと聞き及んでいます。それはすなわちその部隊を率いた方が余程優秀だったのではないかと……」

「どこで聞いたのかは知らないが、あの部隊を率いていた男はそのような者ではない」


 まだ終わらぬうちにアリストの言葉を遮った王のそれは、王が彼の口にした内容を不快に思い、そして明確に否定したものだった。


 不機嫌さを隠さぬ王の言葉はさらに続く。


「奴は自分の身可愛さで留まるべき戦場が逃げ出しただけではなく、腰抜けの汚名をわが身だけに注がれないように部下に対して退却命令を出したのだ。しかも、奴は戦場から逃げるにあたり恥ずかしげもなく甲冑を脱ぎ捨て全裸になった。そして、奴が指揮するクアムート包囲軍が逃げ出したことがきっかけになって我が軍は崩壊し、多くの将兵を失い、多数の捕虜を出す屈辱的な結果になったのだ。つまり、奴は我が国の窮状をつくったのであって間違っても英雄なのではない」


 ……敗戦の責任をすべて彼に押しつけたわけですか。

 ……指揮官である以上、敗戦の責任は問われるのは当然です。

 ……ですが、そこまで貶めなくてもよろしいのではないですか。


 さすがに目の前にいる男が、王という立場でありながら、事実上身内を救うためだけに払う身代金の減額を提示されると、将軍本人だけではなく彼の家族まで魔族に躊躇なく売り渡したとまでは考えなかったものの、それを除けばほぼ真実の中心を射抜いたその言葉は外に解き放たれることはなく、そのような気持ちなど心のどこにも存在しなかったかのようにアリストがさらに問う。


「……なるほど。ちなみに、その恥知らずの将軍の名は?」

「タルファ」


 ……やはりそうですか。


「それで、タルファ将軍は……」

「奴はもう将軍ではない」

「将軍ではない?」

「将軍職をはく奪し屋敷で謹慎するように命じた。奴が率いていた軍は当時次席指揮官だったベルガ将軍が指揮を引き継いで再建に励んでいる。そして、そこにいるのがそのベルガ将軍だ。ちなみに、王子が口にした見事な隊列は子爵でもある彼が指揮したものだ。自分が逃げることしか考えていなかった人間のクズであるタルファの代わりに」

「……なるほど」


 立ち上がると大仰に挨拶するその男に形ばかりの返礼で応じながら、アリストは心の中で呟いた。


 ……事実は違いますね。


 ……まったく。

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