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大魔術師の勤勉な日々 Ⅰ

 勇者と彼の仲間ふたりに散々な言われようをされた大国ブリターニャ王国第一王子アリスト・ブリターニャ。

 実際の彼がロフォーテンで何をしていたかといえば、実はその地位にふさわしい仕事をしていた。

 具体的に言えは、その地を治める王と対面していた。

 いや。

 ここはより正確な表現をして、魔族との裏取引をしているという嫌疑についてノルディア王の申し開きを聞いていたと言ってほうがいいだろう。

 その場に漂う雰囲気はまさに後者そのものだったのだから。

 もっとも、何も知らない者がその場に立ち会ったのなら、二十四人もの取り巻きとともに現れたノルディア国王がブリターニャ王国の代表としてたったひとりでやってきたその男に謁見しているとしか見えないのだが。


「……なるほど」


 二回目となるその会談も前回に引き続き、薄い内容に比べて圧倒的に長い王の言葉の羅列から始まる。

 嫌な顔ひとつせずそのすべてを聞き終わると、アリストはその言葉とともに小さく頷いた。


 それから少しだけ時間をおいてその男はもう一度口を開く。


「陛下の言葉はすべて理解しました。つまり……」


 そこで一度言葉を切ったアリストは温かみがまったく感じられない視線を目の前に座る年上の人物へと向ける。


「相手の真意はわからないが、とにかく魔族側から捕らえたノルディア軍兵士を返還したいという申し出があった。陛下はそれに応じたということですか?」

「そうだ」


 ノルディアの王が非常に短い言葉でそれを肯定するのを確認すると、アリストは表情を変えぬまま言葉を続ける。


「だが、その代わりとして要求された身代金の額は国そのものを傾かせるに十分なものであり、国力と今回失った戦力の回復が終了するまでは再度の攻勢に出ることは難しいと……」

「残念ながらそのとおりだ。だが、これは王として当然のことだ。何よりも大切な兵士の命は金などでは代えられな……」


「そうでしょうか?」


 王の言葉を遮るように加えられた男の言葉に王を取り巻く周囲の臣下は一斉に顔を顰める。

 もしこれが自分たち臣下、または対等以下の相手からのものであれば、王の逆鱗に触れたのは間違いないのだから。

 そして、本来であれば、国の大きさはあるものの、王と王子という立場を考えれば、この場面もそれに該当するのはあきらか。

 だが、今回にかぎりそうはならない。

 もちろんそれはそれだけ彼我の立場には差があったからだ。


「……何が言いたいのかな。アリスト殿下は」


 怒りと屈辱で顔を歪めながら精一杯その感情を押し殺して尋ねる王の言葉にそれとは対照的な表情のアリストが答える。

 表情以上に冷たい声で。

 そして、そこで口にしたのはそれ以上に冷たさを帯びた内容だった。


「名誉あるノルディア軍兵士でありながら恥ずかしげもなく魔族ごときに生きて捕まったとはノルディア王国の長い歴史と誇り高きその名に泥を塗るようなもの。そのような不届き者たちを救うために大金を支払い、その結果国家間の盟約を破るというのは偉大なるノルディア国王陛下とは思えぬ不見識。それとも、もともとノルディアにとってブリターニャとの盟約はその程度のものだったということなのでしょうか。そういうことであれば、ブリターニャもノルディアに対する考えを改めなければなりません。それが陛下の言葉を聞いた私の感想であり、当然私は父であるブリターニャ王へもそのように報告することになります。そして、それを言葉にするのならば、ノルディアは我が国に対して敵意あり。こうなります」


 それは取りようによってはノルディアをブリターニャの敵とみなすと言ったようにも聞こえる。


 いや。

 アリストの言葉は間違いなくそう宣言していた。

 当然ながら、一触即発になりかねないその言葉に王の側近たちはどよめき、慌てふためく。


 もちろん王も動揺を隠せない。


 ……この程度の恫喝をやり過ごすこともできずに慌てるとはこの王はたいしたことはない。

 ……まあ、予想はしていたのですが。

 ……名も知らぬ魔族の策士殿も、この王を丸め込み、大金を巻き上げることはさぞ軽い仕事だったでしょうね。


 実を言えば、アリストはここに来るまでにある程度の予備知識を頭に入れてきていた。

 つまり、ノルディアと魔族との交渉内容について、王が会見の席であきらかにしたこと以上のことをアリストはすでに知っており、また、過去に何度か顔を合わせていることもあり王の為人も十分に掴んでいた。


 ……まあ、これ以上この無能な年寄りを甚振ってもあまり面白くないですね。

 ……そもそもフィーネとは違い私には他人を甚振る趣味はありませんし、こんなところで人格を疑われるのも本意でもありません。

 ……今日はここまでにしますか。


 心の中でそう呟いたアリストは口を開く。

 逃げ道となる言葉を口にするために。


「……おっと、肝心なことを失念していました。今回はふたりの王子と最側近である弟君まで捕虜になっていたわけですから、そう簡単に割り切れるものではなかったのでしたね。なんと言っても王の血筋はどこの国においても特別なものなのですから」


 実はそれこそがアリストが三十歳近い年齢の第一王子でありながら、いまだ王太子に叙せられていない大きな理由なのだが、彼自身は自らがたった今、口にしたようなことを一ミリグラムも信じておらず、それどころかそれを堂々と父王の前で口にしていた。

 

 だが、そのようなアリストの言動と、それによってブリターニャ王室内で持ち上がっている諸問題など思いも寄らない「王族は特別な存在」と信じて疑わないこの世界の為政者たちの見本のようなノルディア王は安堵の表情を浮かべる。


「……さすがは将来のブリターニャ国王になられる第一王子。捕らえられたのが平民出身の兵だけならこのようことにならなかったのだが、今回は本当に特別な事態。そのことを理解していただいたことに深く感謝する」

「いえいえ、同じ王族として当然のことを言っただけです。陛下」


 そう言いながらアリストは王の言葉に薄い笑みで応じる。

 王はその笑みを自らの意思を肯定するものと受け取ったのだが、もちろん真実は真逆である。


 ……今の言葉をこれまでに死んだノルディア軍兵士に聞かせてやりたいものだ。

 ……しかも、その集まりに私を含めようとは、ありがたすぎて感謝の言葉も出ない。

 ……では、そのつまらぬ気遣いのお礼にもうひとつ質問をして差し上げましょう。


 ……特上の質問を。


 先ほどとは少しだけ違う種類の笑みを浮かべ直したアリストの口が開く。


「ですが、たとえ王族三人が含まれているといってもたった五千人の捕虜を解放するために……先ほどのお話では金貨五千億枚を支払ったということですが、さすがにこれは国の根幹を揺るがしかねないものと言わざるを得ないとてつもない金額。交渉によって身代金を引き下げることは考えなかったのですか?」


 アリストのその言葉。

 それは言外にノルディアの交渉能力のなさを指摘していたのはあきらかだった。

 むろん、そのオブラートは非常に薄かったので王もすぐに気づく。

 触れられたくない傷に大量の塩をまぶされたかのように王の眉間の皺が増える。


「……その点については考えなかったわけではなかったのだが、なにしろ交渉相手は人間の常識など通用せぬ魔族。奴らの気が変わらぬうちに交渉をまとめ上げ捕虜を取り戻すことが最優先にする必要があったのだ。それに、我々が支払った身代金は当初要求されたものの半分なのだ。あれでも」

「……なるほど」


「そして、非常に言いにくいことなのだが、今回の戦いとそれ以上にその後始末で我が国が負った傷はあまりにも深く、それが癒え再び戦いに加わるまでに魔族との闘いは終わっていると思われる」

「……つまり、ノルディアは連合国から事実上離脱すると?」

「不本意ながらそうなるな」


「……なるほど」


長く、その割には実りのないこの日の会談が終わると、歓迎の意味を込めたこれまた長い宴が用意されていた。

 大国ブリターニャの第一王子とは思えぬが、アリストはもともと華美な装飾の中で豪華すぎる料理を格式ばった作法で食べるそのような場が好きではないうえに、まだ数日は続くこの茶番に備えるためにあてがわれた自室にさっさと戻り休養をとりたかったのだが、そうはいかなかった。


 その理由。

 まず、その宴は王が自分をもてなすために開いた公的なものである以上、断るわけにはいかない。

 それにこれは夕食を兼ねている。


「私の希望は食べ飽きたどころか見飽きたと言ってもいい宮廷料理などではなく、その土地に住む人が好んで食べる名物料理なのです。ですが、渡した金はとっくに酒代に消えてそれすら口にしていないであろうファーブたちのことを考えれば、出てくる料理に注文をつけるなどという贅沢はできませんね」


 三人が自分に対して喋っていることをすべて聞こえているかのように誰にも聞こえない声でそう呟き、苦笑したものの、そこは勇者たちが皮肉たっぷりに言う「腐っても」ブリターニャの第一王子。

 心の声などどこにあらわすこともなく何事もなかったかのようにナイフとフォークを取ると、さすがと賞賛される完璧なマナーと優雅な作法を披露する。

 女性たちだけを魅了する特別な笑顔と、それ以外の者もひきつける巧みな話術を披露しながら。


 ……ただ飯にありつけるのですから、本来なら彼らもここに連れてきたかったのですが、がさつなファーブたちにこれをおこなわせるのはさすがに荷が重すぎます。

 ……そうかと言って、中身はともかく外見だけは貴族の令嬢でこの手の作法を完璧にこなすフィーネだけを護衛役も兼ねて連れてくれば、残された三人から盛大な文句が届くのは確実なので、それはそれで問題になるわけですし、なによりも戦闘以外のすべてが並み以下である三人の目付がいなくなるのは色々な意味で心配です。

 ……まあ、それはともかく、とりあえず今はノルディア国王に押しつけられたこの仕事を差しさわりなくやり過ごし、さっさと切り上げる努力をすることにしましょうか。

 

だが、早く部屋に戻りたいというアリストの心の叫びなど知る由もないノルディア側の精一杯の努力は完璧な形で実を結び、彼が部屋に戻ったのは宴が始まってからかなり時間が経ってからだった。


「さすがに毒はなかったようですね。……もっとも、ここで私を毒殺しようものなら、ブリターニャが黙っていない。魔族と停戦してでもノルディアを滅ぼしにかかる……とはならないでしょうが、ノルディアにとって良いことは待っていない。さすがにそこまではやらないですね」


 ベッドに横になり、そう呟いてから、アリストは会談内容を思い返しながら思考する。


 ……多数のノルディア軍兵士が魔族の捕虜になったことは、あの日フィーネと話した敗走中のノルディア軍兵士との言葉とも合致しているので間違いない。

 ……では、捕らえた捕虜を解放したいと魔族側から申し出があったのは本当なのだろうか?

 ……逆にノルディア側から申し出た可能性はあるのか?

 ……王族を特別視するあの王の心情を考えれば十分にあり得るのだが、さすがにそれはないと考えるほうが妥当だ。

 ……なぜなら、ノルディアを含む人間側は魔族軍兵士をすべて殺している。

 ……その状況でノルディア側の捕虜開放要求に応じる理由が魔族にはないからだ。

 ……では、なぜ、魔族側がそれを言い出したのか?それについては理由になりそうなことは色々考えられるが決定的な根拠になるものは今の時点では見つからない。

 ……とりあえずこれは後回しだ。


 ……次に考えなければならないのは身代金の額。これは私が手に入れた情報と大きく異なる。

 ……金貨五千億枚。もちろんこれでも十分に驚くべきものだが、それでも、民の持っている金貨まですべて吐き出させてそれだけしかないということはありえないだろう。

 ……もちろん王宮の宝庫や大貴族の持ち金にはまったく手をつけないということであればありえる話だが、そうであれば王宮に仕える者たちへの給金が滞っているという噂が流れ、最近倒壊したという王城のもっとも有名な塔の修理がおこなわれず放置されたままになっているということもないだろう。


 ……やはり、情報通り王が口にした額の数十倍の金貨をノルディアは魔族に支払ったために国庫はカラになっていると思うべきだな。


 ……もっとも、王が口にした金貨五千億枚は金貨を集める際に発表されたものでもあり、実はそれよりも遥かに多かったなどと、おいそれと部外者に言うわけにはいかないのも事実。

 ……そこは配慮すべきかもしれない。


 ……では、理由と額はともかくノルディア側がそのとんでもない額の身代金を払ったために対魔族連合軍から事実上の離脱をせざるをえなくなったという王の言葉は本当なのだろうか?

 ……最精鋭の人狼軍と魔術師団が壊滅したのは事実であるらしいから、これまでと同様の戦力まで回復するには相当の時間を要するのは確かだ。

 ……だが、失った数自体は十万もいない。その程度の数なら王都から失った分に見合う兵を前線に送り込むことは十分に可能ではあるし、それにかかる時間など三十日もあれば十分。再攻勢に出るだけの戦力を整えるのには悠久の時間が必要などと言うことはどう考えてもおかしい。そういう点からも金が底をついたため今後は他国と一緒には戦えないという王の言葉は筋が通っている。

 ……だが、ブリターニャの代表としてここに来ている私に対してそのようなことを言ってしまえば、魔族側が攻勢に出て窮地に陥った場合にも援助を得られなくなるはあきらか。だから、このような場合、実は戦える状態ではなくても問題ないと主張するのが常道。間違っても、連合を離脱するなどとはいわない。

 ……もちろん捕虜返還の条件にそれが含まれていた可能性は捨てきれないが、目的である三人の王族が戻ってくればそれを守るかどうかはもうこちらの自由。魔族と交わした返還条件をなかったことにすることだってできるはずだし、そもそも金が尽きたのでもう戦えないなどと他国の代表に話をするのは一国の王としては恥以外のなにものでもない。

 ……それだけ切羽詰まっていると考えられるのが最も妥当な理由なのだろうが、事実がなにひとつ不合することなく整然と並び、その答えを指し示しているため一見すると正しく見えても、それがあまりにもあからさまであるため、かえって釈然としない。ここはもうひとつの可能性も考慮に加えるべきか。


 ……もう一つの可能性。もちろん、それは……。


 ……言うまでもない。魔族と停戦することによって、ブリターニャを含む連合軍に参加している諸国との盟約を破ってもお釣りが来るくらいの利益がノルディアにもたらされる、少なくても、損がないと王が決断するくらいのものが魔族側から提供されるということだ。


 ……そのような破格の条件とはなんだ?


 ……すぐに考えられるのは現在までの占領地をノルディア領と認められたうえに、魔族側が攻めてこないという確約。

 ……だが、それでは連合を離脱するにはあまりにも弱い。


 ……さすがにそうなれば、ブリターニャとの国境に近い自らの王都が戦いに巻き込まれることになるのが避けられないため、ノルディアが魔族側に寝返って戦うことはないだろうが、人間を裏切り、魔族と停戦したくなる条件とはどのようなものなのだろうか?


 ……いや……。

 

 ……違う。

 

 ……そもそも、それがどのような理由であっても、すべてがノルディア側のものであって魔族側がそれを承知しなければこの停戦は成立しない。

 ……つまり、本当に停戦を望んでいたのは魔族。

 ……だが、それならば立場はノルディアが上。悪くても対等になるのだが、実際はそうは思えぬ……。


 ……そういえば……。

 ……ノルディア側が停戦に応じざるを得なくなった条件もすべて魔族側がつくりだしたもの。

 ……もしかして、魔族は戦いの最初からノルディアとの停戦を狙っていたのではないのか?

 ……もし、そういうことであれば、すべて事象に整合性が出てくる。


 ……理由はクアムートにやってきた部隊の早期転進ということか?

 ……いや。それならやりかたはいくらでもある。

 ……それに、ノルディアに停戦したふりをされた場合はがら空きになった背を撃たれる可能性がある。それはどんな有利な条件を提示しても考えなければならないことだ。


 ……つまり、魔族が狙っているのはノルディアに対して美味しい条件を提示しての停戦協定などではない。


 ……もしかして……。

 ……ノルディア王が本当に隠したいこととは、一見すると恥としか思えぬ金がなくなって戦えなくなったことや、有利条件に乗った秘密講和が偽装になるほどのもの。


 ……王が私の前で口にしたくない。いや、口にできない事実。それは……。


 ……停戦協定という形をした魔族からの事実上の降伏勧告。

 ……そして、王はその際にその勧告を受けざるを得ない、そして絶対に裏切ることができない何か恐ろしいものを見せられた。


 ……さすがにこれは考えすぎかもしれないし、この疲れきった頭では情報が少ないなかでこれ以上考えるのは無理だ。


 ……明日はその辺がわかるようにもう少し深く探りを入れてみよう。

 ……それから、やはり捕らえられた者たちの話を聞くことも大事だ。


 ……まあ、時間はたっぷりとある。とりあえず、考えるのはここまでにして寝ることにしましょうか。


 ……明日のために。

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