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勇者無残

 両手を腰にあて不敵な笑みを浮かべる女と、まるで彼女の従者のようにその周りを取り囲んで傅く真っ青な顔をした男たち。

 視界に広がるのは、そのどちらが本当に囚われの身なのかわからぬおかしな光景。

 だが、とりあえず三人の剣士の枷となるべき女がここにやってきたのは事実。

 そして、その三人が彼女を見た瞬間に頭を抱えて呻き声を上げていることからもそれは十分な効果があったことは疑いようもない。


 ……とりあえず予定通り。


 目の前にある状況が示すある可能性には目を瞑り、強引に自らを納得させたレクネスが再度三人の誘いの言葉をかける。


「どうだ?仲間になる気になったか?」


 そうは言ったものの、レクネスはここまでの会話から三人の人柄がどのようなものかをある程度把握していた。


 ……おそらくこの馬鹿どもならこの状況でも首を横に振るだろう。

 ……そうなった場合、本来なら数を頼りに全員始末するところだが、三人の剣技を考えればやはり危険。

 ……打つ手はないのか?

 ……いや。ある。

 ……あの服を見れば女はどう見てもどこかの令嬢。おおかたこいつらは女の従者または護衛として雇われた者。

 ……そういうことであれば、主人が人質に取られている以上、うかつには手は出せない。

 ……そして、女の口から手打ちを命じられれば、こいつはそれに従うはずだ。

 ……たとえそうならなくても少なくても私が逃げる時間はできる。

 ……つまり、枷として女を捕らえるという私の策はやはり有効だったということになる。


 男は心の中で自らの策を絶賛した。


 だが、現実はまったく違う。

 いや。

 それどころか、これから起こるはずのことはレクネスの考えが及ぶ範疇を大きく超えていたと言ったほうがいいだろう。


 そして、レクネスが絶賛した自らの策が招いた最悪の事態はすぐにやってくる。


「貴様。本当に余計なことをしてくれたな」


 レクネスの相手である三人の剣士の中で一番の年長者が血走った眼をしながらやってきた問いとはまったく無縁な恨みがましい言葉を吐きだす。


「なんだと」


 驚くレクネスを置き去りにした勇者の肩書を持つ男の言葉はさらに続く。


「おまえたちが誰にどうやって殺されようが俺たちには関わりないことだ。だが、そこに俺たちを巻き込むな」


 これから起こることがどれほど恐ろしいのかを身をもって知っており、それを避けたいと焦るファーブが何を言いたいのかはそれを知る者には十分に理解できる。

 だが、それを差し引いてもファーブのこの言葉はすべての点で間違っている。

 なにしろ彼らを睨みつけるその女性の目的はファーブたち三人であり、巻き込まれたのはどちらかといえばレクネスたちの方なのだから。


「な、何を言っている?おまえは」

「わからないのか?」

「わかるわけがないだろう」

「いいか。聞いて驚くなよ。それは……」


 事情がまったく呑み込めないレクネスの問いに、ファーブが答えようとしたその時。


「そこまでです」


 それを強制的に遮断したのは言葉の端々から氷の感触を思わせる声だった。


「私にはあなたたちごときの戯言に長々と付き合っている時間はないのです。言い残すことがあるのならさっさと言いなさい」


 それが殺意に近い感情を持った言葉であることはわかる。

 だが、わかるのはそこまでであり、いまだ何がどうなっているのかさっぱりわからないレクネスがそれに応じることなどできるはずもなく、当然それに応えるのはその女性の知り合いとなる。


「待て、フィーネ。本当にすまん。今日約束があったことをすっかり忘れていた」


 勇者の肩書を持つ若者は、予定よりもずっと早く披露することになった偽りだらけの申し開きの言葉を並べ立てるものの、それですべてを許すほどその女性は甘くない。

 極北の地にあるこのノルディアに古くから伝わる怪談に登場する氷の女王のような冷たい表情のままで男たちの言葉を聞き終わると、フィーネと呼ばれたその女性はゆっくりと口を開き、その表情よりもさらに冷たい言葉を吐きだす。


「忘れていた?その程度の陳腐な言い訳で私が納得すると本当に思っているのですか?ですが、そう言うであれば仕方がありませんね。では、本当のことを思い出すまでたっぷりと……」


 ……い、いかん。


 ファーブは知っている。

 その言葉に続くものがどのようなものかを。

 そして、もちろん不本意ながらそれを避けるために最初に何をすればいいのかも。


 ファーブがすぐさまおこない、仲間である兄弟剣士も大急ぎで続いたこと。

 それはもちろん……。


 土下座。


「いや。待て。実は嘘をついた。忘れたふりをした。いや、忘れたふりをしていました」


「忘れていたのではなく、忘れたふりをしていたと?」


 勇者の、勇者とは思えぬ情けない姿での自白を嘲り笑うその女性がわざとらしく問い質すと、誰にも聞こえない三人分の舌打ちに続き、勇者の口から観念した言葉が漏れる。


「……そうです」


 冷たい笑みを浮かべた女性の口が再び開く。


「それは大罪ですね。ですが、たとえあなたひとりが忘れたふりをしても他のふたりが止めるはずです。ということは、一緒に土下座をしているふたりもその大罪の共犯となりますが、それで間違いありませんか?」

「……そのとおりです」

「すいませんでした」


「よろしい。つまり、三人とも死刑に値する自らの罪を認めたということですね。では、さっそくあなたがたの大好きなお仕置きを始めましょう。それから、そこにいる方々。私自身はあなたたちに含むところはありませんし、この王都でどのようなことをしていたかも興味ありません。ですから、この場にその三人と一緒にいたこと。それが、あなたがたがここで死ぬただ一つの理由となります。もし恨むなら私ではなくそこの馬鹿三人組を恨みなさい」


「ま、待て。早まるな。フィーネ。こいつらはこの町の民に迷惑をかけている悪党なのだから死刑にするのは全く問題ないのだが、俺たちがここにいるのにはやむを得ぬ事情があったのだ。まずその話を聞いてくれ」


「問答無用」


 そう言って天を指し示すフィーネの拳に現れた杖の上に出来上がった小さな火の玉はみるみるうちに巨大化する。


 フィーネが頻繁に使用する火球を使ったこの攻撃魔法はこの世界では防御方法が確立された、いわばオールドスタイルの魔法攻撃に属する。

 だが、対抗手段を講じる時間的余裕が与えることにはなるが、逆に見える分、視覚的効果、もう少しハッキリといえば、相手に与える恐怖心は、予兆もなく対象者に効果が発動するこの世界で一般的となっている攻撃魔法よりもはるかに大きい。

 特に魔法防御のできない者にとっては、それがやってくるまでの短くて長い時間の恐怖は想像を絶するものである。

  

「い、いかん。あれは本気だ」

「間違いなく来るぞ」

「あんな巨大な火の玉を食らったらひとたまりもないぞ」

「おい。おまえら何をやった?」

「や、やったというか、やらなかったというか……」

「なんだ。それは。とにかく死にたくない」

「助けてくれ~」


 敵味方入り乱れて震え上がり、二か国語で泣き喚きながら右往左往する様子を十分に楽しんだフィーネの口が再び開く。


「……天誅」

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