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カーテンの裏側

 リレーでぶっちぎりの一位を勝ち取って、俺たちは教室で軽い打ち上げをしていた。

 担任が出した軍資金で、すぐ近くのコンビニへ何人かが買い出しに行って、中央に寄せた机に菓子やらジュースやらが広げられている。


「流石黒糖くん! 怒涛の三人抜きは熱かったよぉ!」


 女子たちに囲まれてチヤホヤされる。同時にいくつか菓子も渡されるが、正直、そのどれも欲しくはない。

 視線を彷徨わせれば、窓際の隅で、特に輪にも入れず、かといって座る場所もない蒼が突っ立っているのが見えた。時折吹き込んでくる風でカーテンが捲れて、その姿を教室の喧騒から隠している。


「ほら」


 隣に並んで、仕方なく、女子から渡された菓子をいくつか渡してやった。


「いらないもの押しつけないでよ」

「よくそんなこと言えるな。前のイカスミココア、忘れてねぇかんな」

「あれは押しつけたんじゃない。光哉が欲しそうにしてたから、あげただけ」

「へぇ、そうかよ」


 蒼から一旦離れ、中央の机にあるいくつかのペットボトルから、適当な飲み物を選んで紙コップに注ぐ。それを二つ持ってまた蒼の元へ戻ってから、ひとつを渡してやった。


「これ、何」

「さぁ? 飲んでみ?」


 透明の、一見すれば水にも見える飲み物だが、もちろん水じゃない。

 訝しみながらひと口飲んだ蒼が「……みかん?」と小さく首を傾げた。


「流石。俺、馬鹿舌みたいだからただの水かと思ったわ」

「色は水だしね。わからなくても仕方ないんじゃない? 馬鹿舌だし」


 ひと口しか飲んでないそれを渡される。代わりに俺は、手つかずだった自分のコップを渡し、蒼がみかんと言ったその飲み物を飲んだ。

 まだ夏には程遠いけれど、熱気のこもった教室は確かに暑く、辺りからは汗と混じって蒼の甘い香りもする。加えてあの日と同じ、柑橘系の飲み物ときた。


「あま……」


 口の中に残る甘さだけじゃ足りず、それ以上を求めてしまう。それをすれば、蒼を酷く傷つけることなんてわかりきっているのに。


「あ」

「ん?」

「忘れるとこだった」


 何を、とは聞けなかった。鼻をくすぐる優しい香りと、口内に広がる甘さが思考を邪魔して、何も考えられなくする。吹き込む風で閉じられた世界には、俺と蒼の二人だけ。

 その長くもとれるほどの短い時間が終わり、離れた蒼から甘ったるい香りが漂う。それはあの夏の日を思い出させ、もっと、もっと喰いたいと叫ぶ本能が、無意識に蒼の腕を掴ませていた。


「ミツ……?」


 なんでこいつは普段と変わらないんだ。

 つか、何を思って俺にこんなことをしたんだ。


「……んで」

「え?」

「なんでっ、お前は、こんなこと、出来んだよ……っ」


 頭ん中がまとまらない。ぐるぐるする。

 俺がフォークで蒼がケーキだから?

 これがただの捕食からくる想いだったなら、もっと簡単で単純だったのに。


「なんでって……」


 蒼の目が、手元に落とされる。

 教室の騒ぎ声が、酷く遠い。


「俺が言い出した、約束、だから」


 その言葉は、蒼がケーキだからとか、幼馴染だからとかより酷く残酷で、俺が期待する想いからは最も遠いものだった。

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