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甘い以外の味

「うわ、やば、まずい。光哉、あげる」


 朝寄った公園に帰りも寄ることになるとは。

 空いてるベンチに二人で座る。

 蒼はさっき買ったばかりの紙パック、しかも五百のやつを、珍しく顔をしかめながら俺にずいと差し出してきた。パッケージには“新発売! 新しい発見、イカスミココア!”なんてそれっぽく書かれてあるが、蒼の反応でマズいことは証明済みだ。


「だから言ったじゃねぇか。俺は飲まねぇかんな」

「俺の奢りなのに」

「奢りじゃねぇ、押しつけだ」


 受け取ろうとしない俺に諦めたのか、蒼は「仕方ないか」と飲み口に差したストローに口をつけた。

 透明のストローを黒い液体が通って、蒼の口の中へと入っていく。それがやけに美味(うま)そうに見えて、俺は思わず見入ってしまった。


「欲しいなら言えばいいのに」


 再び差し出された紙パックに、俺は誘われるように手を伸ばした。ストローに口をつければ、途端に甘い味が広がった。


「……飲まないの?」

「飲んでやるんだよ。感謝しろ」


 蒼の反応を見るに、どう考えても美味しくはないはず。けれど蒼が口をつけたこれは、俺にとっては最高のご馳走になるわけで。


(あめ)ぇ」

「ほら、やっぱり馬鹿舌」

「これ突っ返すぞ」

「それはもう光哉のものでしょ?」


 そう微かに笑う蒼に、これは受け取る気がないなと諦めて、俺は残りを一気にすすった。

 朝とは違って、公園には親子や、数人の小学生が走り回っていて、とても賑やかだ。俺たちみたいな“普通”の高校生が話していたって、誰も気にしないだろう。


「光哉。これは一般的に知られてる話なんだけど」

「んぁ?」


 (から)になった紙パックの中に、ストローを押し込んで飲み口を開いた。


「フォークがケーキを欲しがるのは、本能なんだって」

「んなこた知ってる」


 だから困ってるわけだし。

 でも、本能なんて言葉で片付けたくないし、それを言い訳にして逃げたくない。

 蒼はベンチから立つと、潰した紙パックを俺から受け取った。


「だったら、フォークに食べられたいって思うのは、ケーキの本能なのかな」

「は? 好き好んで喰われるやつなんかいねぇだろうよ」

「……そっか」


 たまに流れる、ケーキが喰われるニュース。

 身体を一部激しく損傷していたとか、フォークが『喰った』と供述していたりとか、なんなら身元がわからないほど一部しか残ってないとか、そういうものが多い。

 それを見ていてなお、どうしてそう思えるのだろう。

 蒼は近くのゴミ箱に、紙パックを持って歩いていく。その残り香でさえ酷く甘く、今すぐにでも追いかけて、その首筋に噛みついてやりたくなる。


「ほんと、勘弁してくれよ……」


 ベンチの背もたれに身体を預けて、天を仰ぐ。腕で顔を覆い隠せば、何も見えない闇が広がっていく。

 心の奥底で疼く叫びと乾きが『ケーキを喰らえ』と囁き続ける。それに抗うよう小さく「違う」と呟いて腕をだらりと下げた。


「大丈夫?」

「……おー」


 戻ってきた蒼が、天を仰ぐ俺を覗き込むようにして突っ立っていた。その深い藍色の目に映る獣は、まだ人の形を保っている。


「んじゃ、帰るか」

「うん」


 蒼は案外あっさりと頷いた。

 西の空は茜色に染まり、蒼の色素の薄い頬を染め上げていく。それが熟れた果実のように見えた俺は、そろそろ限界なのかもしれない。

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