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生温い関係

 昼飯は保健室のベッドの上で食べた。

 また椅子を持ってきて座る蒼が、無言で自分の弁当を口に運んでいる。


「……食べないの?」


 ひと口も食べる気配がない俺を見て、蒼がわかりきったことを聞いてきた。ため息をついてから弁当の蓋を閉める。


「食欲があると思うか?」

「ないと思う」


 そこまで言って、蒼が「はい」と自分の使っていた箸を出してきた。箸を受け取りはしたが、それで食欲が湧くならこんなに悩むなんてそもそもとしてないのだ。


「はぁ……」


 渡された箸をくるくる回しながら、蓋を閉めてしまった弁当箱をただただ眺める。

 小学生の遠足で食べたおにぎりと唐揚げ、それからタコさんウインナー、あと林檎の飾り切り。女子じゃねぇんだからやめろって言ったのにやめてくれず、結局それは中学入学まで続いたっけ。

 時が進めば進むほど、あの味は忘れていって、自分の中ではなかったものになっていく。もうほとんど覚えていないあの味が、懐かしくて恋しかった。


「なんで、俺が、俺なんだよ……っ」


 最近では特に酷くなってきて、蒼の指先を軽く舐めただけでは満たされなくなってきた。

 自分の欲望のままにケーキを求めれば、少しはラクになれるのだろうか。あの首筋に噛みついて、嫌がる口を塞いで、滴る唾液を舐め取って、そのまま無理やり――


「何考えてんだ、俺は……」


 そんなことをすれば即施設行きだ。ここまで隠してきた意味が、それこそなくなってしまうではないか。

 蓋を開けて、卵焼きを摘む。箸についた蒼の微かな唾液でかろうじて食べれるが、うちの卵焼きって、甘かっただろうか、しょっぱかっただろうか。それすらももう、わからない。


「……ミツ」

「ん?」


 ぎし、とベッドの軋む音がした。続けて口に柔らかい感触がきて、甘美な味が広がった。

 それは掠めるような、まるで小さい子供同士がふざけてするようなものだったけど、確かにそれはキスだった。


「お、い……」

「違った?」

「いや、そうじゃなくて、だな」


 こいつは、この無表情な幼馴染は、一体何を考えて俺にこんなことをしたんだ?

 色んな考えが一気に頭の中を巡るが、その答えが出ることはなさそうだ。だから俺は、顔をずいと近づけてきた蒼を「いいから離れろ」と押しのけて、大して味のない白米を箸で摘んだ。


「食欲が出たみたいでよかった」

「ねぇよ」


 またあんなことをされちゃ困るだけだ。

 こいつはケーキで、俺はフォークで。

 俺が幼馴染で、俺が施設に行けば両親が悲しむから秘密の共有をしているだけで。バレたら困るからバレないようしているだけで。

 なのに、口に残る柔らかさは、気づきたくなかった想いを気づかせるには十分すぎた。

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