フォークを突き刺すように
冬休みは蒼と勉強しつつ、たまに幸太郎と息抜きに遊びながら過ごし、そして一月。
専用のサイトにて合否確認をするため、俺は朝からベッドの上で正座をしていた。目の前に置いたスマフォの画面には、『9:51』と表示されている。
「十時まであと九分……」
合否発表は十時。
気分はまるで処刑される罪人だ。されたことないけど。
「全力は尽くしたし、受かってるはず……」
自己採点の結果もよかった。
受験番号だって何度も確認した。
受かってなかったら今から地元で就職組だ。就職は構わんが、蒼と離れるのは嫌だ。約束だってあるし。
「光哉、いる? いるよね。暇人だし」
ノックすらせずに入ってきた蒼に舌打ちをした。
「勝手に入ってくんな。俺がナニしてたらどうすんだ」
「光哉がこんな大事な日に、そんなこと出来るわけない。小心者だから」
「よくご存知で」
そこで会話は止まってしまう。スマフォを見れば『9:57』と表示されている。情けないことに、スマフォを触る指先が震えてしまう。
もし、もし駄目だったら? そう考えるだけで吐き気が込み上げてきて、俺は「う」と口元を押さえた。
「光哉、朝ご飯食べてないの?」
「食欲ねぇし、つーかこれで食ったらぜってぇ吐く」
元から味なんてないものを食っているのだ。胃に詰めるだけの作業なら、後でもいい。スマフォを見ればあと一分まで迫っていた。
息を吐いて、自分を落ち着かせようと目を閉じる。
大丈夫、大丈夫、大丈夫だ――
「……ミツ」
「ん? う、お!?」
目を閉じていた間に乗り上げてきた蒼が、俺を思いきり抱き寄せてきた。そのまま引っ張られるようにベッドに寝転がされ、俺は意図せず、蒼を押し倒す形になる。
ちょうど顔の辺りに蒼の首筋がきて、すん、と鼻を鳴らすだけで、身体の隅々まで蒼の香りが満ちていく。
「ど? 落ち着いた?」
「全っ然」
「そ。あ、発表された」
蒼は俺のことを気にもせず、左手に持っていたスマフォに視線をやった。離れようにも、蒼にがっちりホールドされているため動かせそうにない。
「おい、離せ。見えねぇだろが」
「合格した」
「あぁそうかよ、それはおめでとさん。で、肝心の俺が見えねぇわ」
「してるよ、合格」
「は!?」
腕に力を入れてなんとか上体を起こす。そうして蒼のスマフォを見れば、確かに合格番号の欄には俺の番号が載っていた。
「まじか……。やった、やった……!」
込み上がる嬉しさが溢れて、下敷きになったままの蒼を抱きしめた。潰されて苦しいはずの蒼は、それでも何も言わず「おめでと」と微かに笑う。
「おぉ、ありがと。つか、ん? 番号教えたっけ?」
「把握しといた」
「こわっ」
冗談っぽく言い放って、それから改めて蒼の首筋に鼻を擦りつけた。緊張から解放された俺には、その甘い香りは空腹に堪える。
「なぁ、もう喰っていい?」
「駄目だって。三月いっぱいはまだ高校生だって、先生も言ってた」
「真面目か」
「ミツと違ってね。でも」
蒼の手からスマフォが落ちる。床に落ちたのか、カタンと乾いた音が響いて、蒼が俺の背中に両手を回した。
「頑張ったご褒美、あげる」
「……今さら取り消すのはなしな」
「しない。八年、よく我慢出来ました」
俺もアオの背中に手を回す。ガタイがいいわけでもないが、華奢でもない。女子みたいに柔らかいわけでもない。
それでもこんなにアオを求めるのは、ひとつしかない。
「アオ、アオ……っ、好きだ」
「ん。俺も好き。ミツが好きだよ」
まるでそれは、ショートケーキの先端からフォークを刺すように。少しずつ広がる甘い味は、人生の中でも、最高のご馳走になった。




