押し付けんな
晴れて付き合い出した俺たち。
もう季節は冬になるというのに、健全な男子高校生ならするであろうことを、俺たちはまだしていなかった。
「嘘だろ」
「嘘じゃねぇ」
朝礼まで幸太郎と話して時間を潰す。蒼はとっくに自分の席に座っていて、ここからだとピンと伸びた背中がよく見える。相変わらず姿勢がいい。
「付き合ってどんくらいよ」
「二ヶ月……?」
来月には私立入試も控えているし、あまり浮かれたことを言っている場合ではない。それはよくわかっているけれど。
「俺に喰われてくれっつったぞ」
「うわ、物騒」
「そっちの喰うじゃねぇわ」
別に、そういう雰囲気にならんかったわけではない。
蒼の家に行って、なんかこう、うだうだ話して、いざって時に蒼が真剣な目をして言いやがったのだ。
『食べるのに、これは必要?』と。
瞬時に察した。
喰われるの意味が微妙に伝わってなかったと。
そうだよな。体液の接種は唾液で事足りる。肌を舐めたくとも、それは指先で充分なわけだ。
「今までと何が違うんだよ、これ」
机に伏せて「ああああぁぁぁ」と情けない声を上げる。幸太郎が軽く笑いながら、慰めるように肩を叩いてきた。
「変わったことはいくらでもある気がするけどな。なんつーか、遠慮がなくなった気がする」
「遠慮、なぁ」
それはそうかもしれない。
自分の中の蒼に触れたい、舐めたい、喰ってしまいたいというのが、今まではフォークのせいだとばかり思っていた。でもそれがそうじゃなく(もちろんそれもあるけど)、自分が蒼を好きだからと自覚したからか、前よりは素直に蒼と向き合えるようになった。
「ま、あんま焦んなくていいんじゃね? 大学、同じとこ受けんだろ?」
「んー、いちお」
「ルームシェアすんの? 流石に無理か? アパートは?」
「……あ」
なんも考えてなかった。
まだ受けてないし、合格するかもわからんが、合格したとして、俺は一人暮らしをするわけで。それは蒼も同じはず。
「帰り、聞いてみっか」
「聞け聞け。お前らは会話が圧倒的に足りてねぇからよ」
教室に入ってきた担任に合わせて、蒼が「起立」と号令をかける。立ち上がって礼をしながら、出来るならルームシェアがいいな、なんて呑気なことを考えていた。
帰り道。
灰色の雲が敷き詰められた空は、もうすぐ雪でも降ってきそうな雰囲気を出している。冬休みになるまで雪は降ってほしくねぇな、と真っ白い息を吐きながら、ついぼんやりと考えた。
だからか、俺は蒼が「コンビニ入る」と言ったのを止めることが出来ず。
「これ、冬の新作」
「やめとけって」
「すみません、ホットアップルチキンひとつください」
「だから買うなっつの」
止めたのも虚しく、コンビニで新作のホットアップルチキンを買って、春のうんこ事件で世話になった公園へと立ち寄る。チキンに後づけのアップルソースをかけて食べる肉とか、正直俺は食いたくない。けれど蒼の顔を見るに、俺が後始末をする結末が見えてきた。
「食べて」
ほらな。ずいと出されたチキンから顔を背けるも、蒼のやつは遠慮なく頬に押しつけてきやがった。べったりとついたアップルソースが気持ち悪い。
「おい」
「あ、ついた」
「わざとだろが」
「逃げるほうが悪い」
「んじゃ、最初から買うな」
仕方なしにチキンを受け取るが、蒼は俺を残飯処理機か何かだと思ってないか。
頬の二チョッとした感覚に顔をしかめながら、チキンをひと口かじる。肉を食ったら、あの手洗い場でソースを洗い流そう。ハンカチなんてないが、袖で拭いときゃ大丈夫だろ。
「ん……」
不意に蒼が顔を近づけてきたかと思えば、頬についたソースをぺろりと舐めてきやがった。
「は、はぁ!? おまっ、はぁ!?」
変な声しか出せない俺をよそに、蒼は「リンゴだ」と無表情で言い切って、一緒に買ったペットボトルのミルクティーをひと口飲んだ。
「変な声出してないで早く処理して」
「やっぱ残飯処理かよ!」
俺の嫌味にも特に顔をしかめず、蒼はスマフォを操作しだした。それが少し頭にきて、チキンの後味が残ったままキスしてやろうと顔を近づける。けれどそれは間に挟まれた鞄に拒まれ、敵わなかった。
「パス」
「は!?」
「だってそれ美味しくない」
「そもそもお前がなぁ……」
鞄を無理やりずらして蒼の姿を視界に入れる。
微かに見えた蒼の耳が赤くなってるのが見えて、俺は小さく舌打ちをして諦めた。
「ったく、俺はいつまで待ちゃあいいんだよ」
「大学入学まで」
「受かること前提かよっ。つか、あと四ヶ月待たせる気か」
「八年我慢出来たんだから出来るよ」
鞄の合間から見えた蒼が、そう言って目元を柔らかくした。




