返事を寄越せ
言った。
言ってしまった。
文化祭の迷路の中。雰囲気も何も会ったもんじゃない中、俺は蒼に好きだと言ってしまったのだ。しかも俺に喰われてくれと。
よくよく考えればケーキにとって『喰われてくれ』なんて、今から貴方を殺しますよ、と殺人予告をしたも同然だ。訴えられても文句は言えない。
それなのに。
「光哉、進学するの?」
文化祭が終わってはや一ヶ月。
あれから全くといっていいほど進展していない。
むしろ俺の告白なぞ蒼の記憶には残っていないみたいで、今までと変わりなく話しかけてくる。なんなら普通に箸も交換する。
虚しいを通り越して怒りまで湧いてくる始末だ。
「……する、進学。県外の私立」
窓から見えるイチョウの葉は散り始めて、空は晴れることが少なくなってきた。雪が降るまではまだかかりそうだけど。
「県外……」
机の横に立っていた蒼が、何かを考えるように少し頭をひねってから「生活」と呟いた。
「んだよ」
「一人暮らし、出来るの?」
「馬鹿にすんのも大概にだな……」
「洗濯機の回し方、わかる?」
「流石にわかるわ!」
どれだけ馬鹿にしてんだ。
こっちはあれから気が気でないのに。
わざと蒼のほうは見ず、はらはらと散っていく葉を見ながら話を続ける。
「で、蒼はどうすんだ」
「進学する」
結局進学すんのかよ。文化祭の返事もないまま、俺の側からいなくなるとか、まじでこいつの考えてることがわからん。
「ま、お前頭いいしな。どこに行くんだ?」
「光哉んとこ」
「へぇ、そうか……へぁ!?」
変な声が出た。
立ったままの蒼を見上げる。本人的にはおかしいことを言っている自覚はないのか、相変わらず無表情のままだ。
「待て。なんつった」
「進学」
「その次」
「光哉んとこ」
聞き間違いではなかったらしい。
俺は頭を抱えて、次にわしゃわしゃと掻き上げてから「あのさぁ」と机に肘をついた。
「文化祭、覚えてるよな?」
「うん」
「俺、お前になんつったよ」
蒼は少し考えて「進学すんのかって聞いた」と大事なようで全然大事じゃないことを言いやがった。
「あぁ、聞いた、聞いたよ。その次だよ、次」
「俺に喰われろって言ってた」
「そこかよ。まぁいいわ。で、返事は?」
ここまで言ってもいまいちピンときてないようで、蒼は「返事?」とぽかんとしている。流石の俺もこの読めない幼馴染に苛立ちが募ってきて、学ランの胸元を掴んで引き寄せた。カラー部分が固くて微妙に痛かったのは内緒だ。
「今日の放課後、ちと話そうや」
「じゃ、しま◯ら行こ。新作のぬいぐるみが……」
「だーっ。ぬいぐるみぐらいゲーセンで取ったるわ!」
「しま◯ら限定だからいい」
こいつは本当に空気の読めないやつだと、つくづく思う。正直ゲーセンとしま◯らの違いが俺にはわからんが、行きたいと言うんなら仕方ない。
次の授業が始まる前に席に戻る蒼をよそに、俺はこっそり財布の中身を確認する。よし、ぬいぐるみぐらいなら買えそうだ。




