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迷いよ、晴れろ

 職員室から戻ってきた蒼に文化祭を見て回るかと提案した。蒼は特に不思議がることもせず了承してくれたから、幸太郎に「またな」とだけ言って教室を出てきた。


「迷路だってよ」

「ふぅん。光哉の頭ん中はいつも迷ってるけど」

「お前さ、俺だからって何言ってもいいと思ってんだろ」


 一年が作った巨大迷路は、二クラス合同の甲斐あってか、廊下と教室ふたつ使った大規模なものになっている。途中にスタンプを押す場所があって、それを押した個数によって、他クラスの喫茶店で使える割引券になるらしい。


「お化け屋敷でなくてよかったね。光哉、お化け苦手だから」

「いつの話だ」

「保育園ぐらい?」

「よく覚えてんな」


 受付をして、スタンプの台紙を二枚もらって、迷路へと踏み入れる。段ボールで仕切られただけかと思いきや、鏡を利用した箇所や、凹凸やら、しゃがまないと行けない箇所やら、結構作り込まれている。

 廊下部分になったのか、明るくなった場所に待機していた一年生が「ここで半分ですー」と気の抜けた笑顔を向けてきた。俺らの台紙を確認して、印を付けると「頑張ってくださいー」と返してくれた。


「頑張ってって……、うお」


 次の教室は暗闇だった。いや、足元をほんのりと灯りが照らしているし、完全な暗闇ではないのだけれど。


「光哉、足元気をつけてね」

「お前がな」

「またうんこ踏むよ」

「むしろここにあったら問題だわ」


 まるでロウソクの中を歩いてるみたいだ。

 暗いけれど、確かに道はあって、その先に続いてる感じ。


「わ、なんか顔についた」

「んあ?」


 べちゃっと何かが頬についた。こんにゃくのようだ。

 ご丁寧に、上にホースを伝わせて、小さな穴を開けて、そこに糸を垂らしてこんにゃくをつけているようだ。やけに水々しいこんにゃくが少しだけ苛つく。


「凝ってんなぁ」

「ね。掃除大変そう」

「片付けも含めて楽しむもんだろうが」


 去年も、一昨年も、ずっと蒼とは同じクラスだった。準備も片付けも、もちろんそれ以外だって。今さら誰かに取られるなんて我慢できないと、思った。

 蒼の腕を掴んで、先に行かせないようにする。今ここで言わないと、たぶん言えない気がして。


「……大学、行くのか?」

「ここでその話? 出てからでも……」

「なぁ、これからどうするつもりなんだよ」


 蒼が眉間にシワを寄せている。珍しく困っているみたいで、俺のことを考えてそうなっているのが堪らなく嬉しい。


「その、光哉は、俺をどうしたいの……」

「俺は……、蒼と、アオと一緒にいたい」


 掴んだ部分が汗ばんでいる。俺の汗かと思ったが、違う。この甘い匂いはアオのだ。掴んだ腕を口元まで持っていき、アイスを舐め取るように下から上へと舌を這わせた。アオの身体が強張ったのがわかった。


「ミツ……っ、待って、それ以上、は……っ」


 小さく震えるアオを見て、ここでやめるべきだと頭の中で理性が叫んでる気がした。けれどあまりにも甘く、甘美な香りに、その理性すら崩れていってしまう。


「じゃ、なんでキスしたんだよ。意味わかんねぇ」

「それは、約束、だからで」

「約束ってなんだよ。俺はお前に、んな小さな誓約つけて縛りてぇわけじゃねぇ」


 腕から口と手を離して、代わりにアオの顎に手をかける。そのまま強引に唇を重ねれば、箸なんかじゃ到底味わえなかった極上の甘さが広がった。


「んんっ」


 苦しげなアオから少しだけ口を離す。耳が赤いのは、灯りの角度なのか、それとも俺のせいなのか。


「なぁ、アオ」


 名前を呼べば、少し怯えた目が俺を捉えた。


「俺、アオが好きだ。アオの隣に俺以外がいんのも、アオが他のフォークに喰われんのも嫌だ。だから、俺に喰われてくれ」

「ミツ、それは……」

「きゃー! 何これ、こんにゃく!?」

「つめたーい!」


 どうやら後ろが追いついてきたらしい。


「……ミツ、出よ」

「おう……」


 結局、返事も何も聞けないまま、俺たちは迷路をクリアした。スタンプでもらえた割引券は、幸太郎に二人分渡してやった。

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