ずっと見てた
否定しないと。それか誤魔化す?
身体がやけに冷えて、まるで血が全身を巡ってないみたいだ。
「んな、わけ、ねぇだろ」
それだけを言うのが精一杯だった。
「さっきのたこ焼き、光哉のが激辛だった」
「は、あ? いやだってお前、自分のが辛いって」
幸太郎が言いづらそうに目を伏せる。
あ、これは誤魔化せないやつだと、瞬時に悟った。
俺は施設に送られるのか?
ここまで隠し通してきたのに?
頭の中に蒼の姿が浮かぶ。
「た、頼む。蒼は関係ないから、だから蒼は」
まるで隠し事が親にバレた気持ちだ。それでも蒼だけは巻き込みたくなくて、俺は幸太郎の腕を掴んだ。
「ま、待てよ、落ち着けって。おれはどうこうしようってわけじゃねぇよ。つか何、蒼は知ってんのか?」
「あ……」
思わず口から出てしまった。
たぶん今の俺は顔面蒼白に違いない。
心臓の音がやけに煩くて、息が上手く吸えなくなってくる。
どうする? どうすればいい? いっそのこと、言えなくなるようにしちまえば……。
「やっぱ蒼は知ってたんかー」
「へ……?」
幸太郎は悪びれもなくへらりと笑うと「いやぁ」と頬を搔いた。
「だって二人ともいつも一緒だもんな」
その表情はいつもと変わらない幸太郎のままで、俺を軽蔑するでもなく、怖がってもいなかった。あれほど煩かった心臓の音が少し静かになって、幸太郎の声がさっきよりも聞こえるようになる。
「つーことはあれか、蒼はケーキなん?」
「え、あ……、あぁ」
「へぇ! じゃ、おれ、めっちゃすげぇじゃん! 友達にフォークとケーキがいるナチュラルだぜ!」
そう無邪気に笑ってくれた幸太郎が眩しくて、俺は鼻の奥がツンとしてきた。もちろん見られるのは恥ずかしいから「馬鹿じゃねぇの」と笑ってみせた。
「いつから気づいてた?」
「高二ぐらいかな」
「去年じゃねぇか」
「そうそう、結構最近」
幸太郎は思い出すように視線を左上へと反らせた。
「確信したのは修学旅行。普通に蒼の口つけたもん食ってただろ? 幼馴染だし、中学からそんなんだったし、あんま気にしてなかったんだけどさ」
「あー、あぁ」
「必ず箸でもスプーンでも交換すんだよ。お前らって」
「あー……」
よく見てるダチだこと。でも、それが幸太郎でよかったのかもしれない。俺は頭をガリガリと搔いてから「怖くねぇんかよ」とぽつりと呟いた。
俺の質問が意外だったのか、幸太郎は「ほぇ?」と間抜けヅラを晒してから、歯を見せて笑った。
「怖く? んー、だって知ったの去年だし。だから、怖いとか怖くねぇなんて、全然考えたことなかったわ。だってダチだしな。あ、でも会った時から愛想ねぇやつとは思ってた」
「んだそれ」
幸太郎の言いように吹き出す。でもそうだった、こいつはこういうやつだったわ。
「それにさ、光哉、蒼のこと大事にしてんじゃん」
「大事っつうか、それは……」
夏のあの日。俺が蒼を傷つけたから、それを蒼が庇ってくれたから、その思いを無駄にしたくないから……。
「おれはフォークもケーキもよくわかんねぇけど、光哉がフォークの本能っつうの? それに負けずに、ずっと蒼と一緒にいれるの、まじですげぇと思う。それって、蒼のことが大事だからだろ?」
「俺は……」
たぶんあいつは、俺が“好き”だと言えば簡単に頷くだろうし、これからも一緒にいてくれる。秘密の共有者として、約束を交わした幼馴染として、だ。
「俺は、よくわかんね……。蒼が好きだ。でもそれって、俺がフォークだからか? あいつが幼馴染だからか?」
好き、なはずなのに、これがどこからくる気持ちなのかがはっきりしない。
「なーんか難しいこと考えてんなぁ」
「はぁ?」
「だってさぁ」
幸太郎が小便器に近づき、そのまま用を足し始める。こんな時にかよ、と思うが生理現象だ、仕方ない。
「好きって結局、全部本能じゃん。飯食いてぇも、ションベンしてぇって思うのも、寝てぇってのも、全部自然なんだわ」
用を終えた幸太郎が俺の肩をバシバシと叩く。
「好きなものは好きで、いいんじゃね?」
「幸太郎、お前……」
「ん? なんだなんだ、感謝なら別にいらねぇぞ?」
「手、洗ったか?」
「……あ」
俺は有無も言わさず、幸太郎の頭をぶん殴った。




