薄暗い満月
夏休みも終わればすぐに文化祭の季節になる。
まぁ、実行委員は二年生が中心で、俺ら三年は入試のための勉強やら就活やらに追われるため、文化祭は本当に楽しむだけだ。
朝から賑やかな教室内は、既に何人かがどこ回るだの、何食べるだのと騒ぎ立てている。蒼は先生に呼び出されて、さっき職員室に行ったところだ。
「光哉ぁ、たこ焼き食いにいきてぇんだけどぉ」
「勝手に行ってろ」
幸太郎も例に漏れず、席に座って「たこ焼きぃ」と駄々をこねている。夏休みはあんなにお兄ちゃんしてたというのに、学校ではこれだ。ま、そういう時もあるんだろ。
「えー。じゃ、蒼と一緒に行こっかなぁ」
「なんで蒼が出てくんだ」
「友達だからですー」
「やめろ、拗ねるな、きめぇ」
口を尖らせて拗ねても全く可愛くない。じゃ、蒼がやったら可愛いのかと言えば……。
「いや、ねぇな」
そもそも表情筋が常人より乏しい蒼のことだ。拗ねることがあるのかすら疑問である。
騒ぐ幸太郎を半ば無視していると、クラスメイトの女子が「じゃーん!」と大袈裟に声を上げなから入ってきた。その手には小さな白いトレイを持っていて、たこ焼きが六個乗っている。
「前評判がよかった二年のたこ焼き、ゲットしてきたー! 食べる人! ただし一個は激辛なんだって!」
「あ! おれ食べる!」
たこ焼きをご所望していた幸太郎が食いつかないわけがない。女子はすぐに「ほいほーい」と足取り軽く俺の席近くまで来ると、ずいっとたこ焼きを差し出してきた。
「へー。うまそー!」
「一個につき百円没収ね!」
「うお、まじか」
わいわいとしながら、幸太郎が一個選ぶ。すぐに他のクラスメイトが寄ってきて、あれよあれよという間にたこ焼きはあと一個だ。
「黒糖くんも食べなよ」
「いや、俺は辛いのが苦手で……」
「いーじゃん。駄目だったらトイレ行けばいいし」
このゴリ押しな空気、下手に断れないから苦手だ。
激辛が当たるのは六分の一。全員の反応を見ながら凌げばなんとかなるか?
「せーの」
一斉にたこ焼きを食べる。周囲を伺いながら何度か噛むも、誰も辛そうな反応をする様子はなさそうだ。なら、さっき辛いのが苦手と言った俺が食べた可能性が高いと考え「う」と口を手で覆いかけた時。
「かっっっらあああぁぁぁ!?」
大袈裟なくらいに声を上げた幸太郎が、右手を口に当てて、左手で俺の制服を掴んできた。
「光哉、一緒にトイレぎでぐれ」
「は、はぁ? んなもん一人で」
「一人でゲロるの恥ずかしいだろ! さ、早く!」
気は全く乗らないが、幸太郎があまりにも必死に「はやぐ!」と言うものだから、俺は仕方なく席を立った。
三年はほとんどが文化祭に出歩いていて、おかげでいつもは誰かしら用を足しているトイレも空いていた。幸太郎はぐいぐいと俺を引っ張り、改めて誰もいないことを確認してから息をひとつ吐く。
「おい、幸太郎。ゲロるなら早く……」
「光哉」
幸太郎が振り返る。
何かを思い詰めたような、それでいて腹に決めたような、そんな顔をして。
「……んだよ」
「光哉。前から思ってたんだけど、お前って、フォーク、だよな?」
「……は?」
トイレの窓から聞こえる生徒の騒ぎ声が、やけに遠くで聞こえてる気がした。




