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何も見えてない

 夏。

 一番苦手な季節で、一番気が重くなる季節で、一番嫌いになれない季節。


「なぁ、光哉! 夏休みのグループ課題、一緒にやろうぜ!」


 夏休み前の登校日。鼻息を荒くした幸太郎が、課題を何にするか一人で盛り上がっている。そんな幸太郎を余所に、俺は最前列に座る蒼の背中を、ただぼーっと眺めていた。

 もう七月だというのに、俺は卒業後、就職するか進学するかも決めていない。いや、そもそもフォークの俺が行ける場所なんて……。


「んじゃ、決まりな!」


 俺は何も言っていないのに、幸太郎は勝手に課題の内容も決めて、集合場所やら日時やらを楽しげに話している。


「幸太郎、またお前は勝手に……」

「もちろん蒼も一緒な」

「いや、あいつは……、いい」


 俺が引き止めると、幸太郎は意外だと言いたげに目を丸くし、何度か瞬きを繰り返した後「なんでだ?」と当たり前の疑問を口にした。


「それは……」


 正直、蒼と一緒にいたくなかった。

 蒼が何を考えてるかわからない、というのは建前で、最近の俺は、特にフォークとしての本能が強くなっている。ケーキを、蒼を喰ってしまえと疼く一方で、幼馴染を傷つけたくない、ここまで俺を庇ってきた蒼を裏切りたくないと強く思っている。


「……」


 何も言わない俺に、幸太郎が「喧嘩?」と前側に座る蒼をちらりと見た。


「ま、喧嘩なら仕方ねぇかもだけど」

「喧嘩のがよかったよ」

「ふーん。喧嘩じゃねぇならいーじゃん」


 軽く言ってのけるが、だからそんな単純じゃないんだとは言えなかった。

 幸太郎は鼻歌混じりに、スマフォのスケジュール管理アプリに入力を済ませていく。すぐにグループライムが作られて、俺に招待が飛んできた。前に座る蒼が一瞬こちらを振り返ったから、同じタイミングで蒼にも招待がいったんだろう。

 俺はすぐに蒼から視線を外して、グループへの招待を受けた。ピコン、と場違いなくらいに明るい音がして、見慣れた蒼のアイコンがグループトークに入ってくる。


「つか、何すんだよ」

「亀の生態を調べる。どうせ決めてねぇんだろ? ならおれがやりたいことに付き合えって」

「なんで亀……」

「弟たちが亀飼いたいって言っててさ、事前に色々調べとこって思って」


 そういや、幸太郎んとこには年の離れた双子の弟がいるんだっけか。確か今年小学生になったばかりだと聞いた。


「ま、どうせ調べることもないし、いいけど」

「おう、じゃ、よろしくな!」


 多少強引なとこはあるが、幸太郎の明るさが今は嬉しい。ナチュラルの幸太郎とは、どれだけ一緒にいても自分を見失うことがないから。

 再び鳴ったスマフォに視線を落とせば、蒼が『何』とひと言だけ送ってきた。

 幸太郎のやつ、まさか用件も伝えずに誘ったのか? 前言撤回だ。この向こう見ずな友人を、少しだけ恨んだ。

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