夜の自販機
「ねぇジュース飲みたい」
夜。リビングでくつろいでいると、5歳になる息子がそんなことを言い出した。
「冷蔵庫になかったか?」
「もう飲んじゃった」
「じゃあ我慢しろって。今日は母さん出張で帰って来ないんだから、早く寝ろ」
「でも喉乾いた」
「はぁ……じゃあそこの自販機に行って来いよ」
家から数メートルの所にある自販機の方を指さす。
「いいの!?」
息子は喜んで私からお金を受け取ると、家を出ていく。そして……すぐに帰ってきた。
「ねぇ!」
息子はジュースを持っておらず、帰るや否や私に抱き着く。
「どうした、落としたか?」
「手が出てきた!」
「はぁ?」
息子曰く、自販機でジュースを買い、取り出し口からジュースを取った瞬間、中から手が出てきて、掴まれたと。
「そんなわけないだろ?」
いや……けど近くとはいえ、こんな時間に子供を出歩かせるわけにはいかなかったな。
「わかった、父さんが買ってきてやるよ」
おびえる息子を玄関に置き、見守らせながら自販機へ向かう。息子が買ったジュースは今も取り出し口の中にある。取り出し口を開け、ジュースを手に取ると。
「………」
手は出てこない。怖がった息子の見間違いなのだろうか。怖がる息子を安心させるために、振り返って息子を見ると。
「!?」
息子の肩に、手があった。今家には他に誰もいないはずだ。急いで家に戻ろうとするが。
「来るな!」
息子が扉を閉めてしまう。
「お、おい開けろ!」
息子は鍵を閉めたようで、開かない。仕方なく、開いていたはずの庭の窓から家に入る。
「来ないで!」
息子はひどく怯えている。
「どうしたんだ、それよりお前肩に……」
手は無かった。息子も、私を見て安堵している。
「お父さん!」
息子が抱き着いて来る。
「何でさっき閉めたんだよ」
「さっき、お父さんが違う男の人になってた」
「え?」
「自販機でジュース持って、こっち見たら急に違う人になってた」
だから鍵を閉めたのか。息子の肩の手の事も気になるけど、言わないほうがいいだろう。
「あ、ほら母さんから電話かかって来たぞ」
「本当!?」
安心させるチャンスだ。息子も喜ぶので、ビデオ通話に切り替える。
「もしもし?」
『もしも……だ、誰よあなた!?』
「え?」
妻が怯えて悲鳴を上げる。
「どうしたんだよ、俺だよ」
『知らないわよ、あなたなんて!』
「お母さん?」
『! 早く、そこから逃げ……!?』
妻は絶句している。一体どうしたというのだ。ビデオ通話の、自分の画面を見ると……
「う、うわあああ!?」
そこには、全く知らない別人が映っていた。そして、息子の肩には、手が乗っていた。
完