第五話 血吸へと繋がる道
大変お待たせ致しました
さて、次の日の話である。あの後は夜も遅かったため皆を寝かせた。だがレンだけは起きて家を抜け出し空を飛んでいた。
「全く……フレアにはしてやられた。あそこでしっかり止めを刺しておくべきだったか」
「そうだね、あの局面なら蹴りじゃなくて近接格闘に持ち込めばよかったはずだよ」
「天姫か」
「あぁ。それにしても今回はどうしたんだい?いつもに比べて相当手加減していたようだけど」
「あの三人と本当なら決闘をしたくはなかったんだよ」
「ならなんであそこで事実上承諾するようなことを言ったんだい?はっきりと拒否すればよいだけだったじゃないか」
「そんなの決まっているじゃないか。可愛い妹の頼みを断るようなことをするわけがないだろうに」
「つまりただのシスコンということだね?」
「否定しないし逆に自分から言おうじゃないか。妹が好きで何が悪い」
「別に悪いわけじゃないけどさ……」
「ならいいだろう。もう俺に残されている血縁存在は二人だけなんだ、実の子供のように育ててくれた人だったり姉のような存在だった人ですら今はもういないんだ。久しぶりに妹に会ってあんなに可愛く健やかに育っている二人を見てこの様になるのも仕方がないだろう。恥ずかしがることでもあるまいし」
「そうだねぇ……それもそうか。なら僕がレン君に依存してもいいわけだ」
「いや、まぁそうだが……依存されすぎても困る」
「大丈夫だよ。少なくとも君が嫌がるようなことはしないから」
「ならいいんだ。それにしてもどうやってじじを説得しようか」
「それは本人に任せるしかないんじゃないかい?」
「一応こっちからも筋を通しておく必要があると思うが」
「なんなら一方的な宣告みたいな感じにしたらどうだい?ほら、帝国の方でさ有名な怪盗なるものがいるだろう?その怪盗の挑戦状みたいにしたらいいんじゃないかな」
「じじの机の上に手紙を置いておくってことか。ありだな。やらないしやれないが」
今まで言わなかったが、レンは村長の孫である。色々他愛もない会話をしているとだんだん夜も更けてきた。
「お兄様……?」
「おはよう。フレア」
「おはようございますわ。もしかしてずっと起きていらしたの?」
「あぁ。どうも眠れなくてな」
「お兄様は私達のことを認めてくださいますか?私達をおいていかないでくださいますか?」
「俺の油断とはいえ負けたのは事実だ。認めるしかあるまいさ」
「そう、ですか、お兄様……傷は大丈夫でしたか?」
「ん?慣れているからどうってことないぞ。天姫にはこれよりひどい傷を負わせられたことがあるしな」
「あれは君が生意気なこと言うからだろうに。力の差をわからせるのは大事だろう?」
「そうだな。今回俺はそれに失敗したわけだが」
「失敗は成功の母と言うだろう?次は失敗しなきゃいいだけさ」
「わかっているさ。フレア、行く準備は終わっているか?」
「もう昨日の時点で終わらせてますわよ」
「そうだろうと思っていたよ。もうそろそろ儀式の時間だしみんなを起こしてきてくれるかい?」
「畏まりましたわ。お兄様はお荷物は無いのですか?」
「所有物は空間魔法を使って保存しているからな。大きな荷物も小さい荷物の俺には必要ないんだよ」
「私達の荷物も入れてくださったりしますか?」
「もちろんさ。荷物をまとめておいてくれれば出発前に入れておこう」
「さすがお兄様ですわ!では、起こして参りますね」
「あぁ、行ってらっしゃい」
「はい!」
「元気がいいねぇ。まだ幼いからかな」
「そうなんじゃないか?天姫も十分若いと思うが」
「ちょっと?何も言ってないよね?」
「事実を述べただけだ。動揺することでもあるまいに」
「……もしかして無自覚?」
「さてな」
ニールが中々起きないハプニングもあったが、それ以外はほとんど順当に儀式まで進んだ。村長に三人がレンと同じように生贄になると言ったときもなんとなく分かっていたかのように一回深く頷いただけであり止めることはなかった。さて、儀式直前のことである。いよいよ敵を討つことが出来ると息巻いていたレンに水を差すかの如く一人の若い村人が歩いてきた。
「おい。お前、ニールさんたちを一緒に連れて行く気か?」
「そうだが?」
「なぜ、お前はニールさんたちも生贄として連れて行くつもりだ?三人とも生贄にならないで村で過ごしたほうがいいはずだ」
「俺もそう思う。だが、これは本人の自由意志を最終的に尊重したに過ぎない。本来ならば俺も共に連れて行くつもりはなかった」
「そんなのは関係ない。そう思っているなら寝ている間にでも行けば良かっただろう。無理矢理眠らせてから来ることだってできたはずだ」
「そんなことしようとしたら、行く前に殺されるだろうが。成すべきことを遂げる前に死ぬのはゴメンだぞ。それに可愛い妹の頼みだ。断れるはずもあるまい」
「もういい。お前、俺……いや俺たちと決闘しろ。もし俺たちが勝ったらニールさんたちを置いて行ってもらう」
「俺が勝ったらどうするんだ?」
「そのまま連れていけばいいだろう」
「俺にメリットもないのにやる気はしないな」
「それなら、俺たちを殺せばいい」
「なぜそうなる。遺恨が残るようなやり方は嫌いなんだが」
「ならば」
「あぁもう、面倒臭いな。いいよ、やってやるよ。……大人気無いとは思わないのか」
「審判は」
「儂がやろう」
「お願いします。村長」
「そっちは何人出すつもりだ?」
「三十人程だ。そっちはもちろん一人だろうな?」
「力を示すのになぜ他人の力を借りなくてはならないんだ?もちろん一人でやるに決まっている」
「……随分舐められたものだな、これでも森の主を倒したことがあるんだぞ」
「森の主って一体どんなやつ?」
「大体5m位の大熊よ。固有魔法に炎魔法と風魔法を持ってて、風を圧縮したものを飛ばしたり炎槍を投げたりして中々倒すことができなかったんだけど、彼が倒したの」
「ほう……それは随分弱そうだな。戦うまでもないんじゃないか?」
「言ったな?死んでも知らないぞ」
「それはこっちの話だ。一歩も動かないで終わらせてやる」
三十人を超える男達がレンをぐるりと取り囲む。レンと対峙する位置に熊男が立ち、村長に声をかける。
「村長、合図をお願いします」
「……それでは始めてください」
「脈動せよ……アッシュールバニパルの玉焔よ」
その言葉が発せられると同時に『The Fire of Asshurbanipal』の鍵言が飛び出る。アッシュールバニパルの名を冠するこの炎は深い紅に染まった宝石の形をしたもので、予言の力を持つとともにそれに触れたものを排する力を持っている。その力の源流となるのは宇宙的恐怖で有名なクトゥルフ神話だ。ロバートが書いた短編の一つにその力の一端が現れている。脈打つかのように輝いており、それでいて地獄の凍焰から刻みぬかれたとの如く昏い。そして炎は周囲の男一人一人の目の前へと飛び、一瞬き後には大きな口を開けた蟇に翼と触腕を取ってつけたようなものが現れる。そしてそのまま飲み込まれるのかと思いきやその姿のまま固まっており、レンが口を開く。
“喰らえ、ズトゥルタン”
その言葉を発すれば何処ぞの駄女神の如く頭からパックンいかれてはサウナぐらいの丁度いい暑さの中に取り込まれた。ただ、その暑さの中において魔法は使えないし、勿論水があるわけもない。つまりただ暑さの中に居続けなくては行けない苦行を強いられるという事になる。その中において、啖呵を切ったあの熊男を除いて他の男達は次々と脱落していった。いつしか決闘は我慢大会となり、レンは何処からか紅茶を取り出しては飲み、他の観衆や先程まで食われていた男達にも茶を振舞っていた。熊男は勿論食われているので可哀想なことにもそれを見ることは出来ず、なんならフレア達がどんな表情をしてみているのかも幸か不幸か把握出来ていない。
「……美味しいですね」
「そりゃそうだよ、なんてったって僕が鍛えたんだからね」
「日々の修行よりも厳しかった記憶があるが?」
「嗜好品は大事だもの。人生に彩りを求めなきゃ」
「ウィリアムみたいな事を言うんだな」
「誰だい?」
「こっちの話だ。それよりもそろそろ投降しないのか?」
そう、熊男に問いかける。勿論熊男は
「そんな訳が無いだろう!まだ舞える!」
熱血である。そんなこんなで更に15分ぐらい経ってようやく熊男がぶっ倒れた。村長も額に手をやり呆れ顔で熊男の介抱を命じる。そしてレンを見ては
「済まんな……」
「大丈夫だよ。慣れてる」
「まぁ、あれだ。これからは儂らは着いて行けん。気をつけてな」
「分かってるよ。また戻ってくる」
「……」
「んじゃ行ってくるね」
「行ってきまーす」
「Auf Wiedersehen.」
「皆さんお元気で」
「みんなは僕が守るから安心していいよ。私に任せなさい」
思い思いの言葉でそれぞれ村の面々に別れを告げる。そして、暗い暗い洞窟の中へと歩を進める。