幼馴染の彼女の元カレについて悩んでいます。どうしたらいいでしょうか……
心機一転、高校で青春を味わえなかった僕は親元を離れ、地元から遠い都会の大学に通うことにした。
思い返せば高校での三年間、他の人と比べると彩りに欠けていた。
彼女がいたわけでも、何かに打ち込んだわけでもない。ただ、学校と家の往復を繰り返しただけだった。
だから大学では、彼女も作りたい! サークルにも入る! 僕はそう意気込んで、入学式に臨んでいた。
着なれないスーツを身に纏い、キャンパスライフに胸を踊らせていたのである。
そんな時だった。僕が彼女と邂逅したのは。幼馴染の坂本由美香と。
由美香とは幼稚園と小学校が同じで、家も近所だった。彼女は僕と同じ引っ込み思案な人間で、自分から他人に話しかけたりしなかった。
いつもオドオドとしていて、丸渕眼鏡にオカッパ頭。外で活発に遊ぶ子というより、部屋の中一人で本を読んでいるという印象だ。
僕が由美香と仲良くなれたのは単なる偶然。敢えて理由を挙げるとすれば、彼女が僕に対して仲間意識があったからなのかもしれない。
中学に上がる時、由美香は都会に引っ越すことになった。
僕は頬を濡らすようなことはなかったけれど、彼女ともう会うことはないと思うと寂寥感はあった。
当時はスマホも持っていなかったので、連絡先は交換していない。
由美香という存在は、時間と共に記憶の中でひっそりと息を潜めることになるだろうと僕は考えていた。
でも、そうはならなかった。
大学の入学式、人の多さに圧倒され右往左往していると、不意に背後から声をかけられた。
「あれ? もしかして尚也? チョーおひさじゃん!」
振り返るとそこに見知らぬ女性が立っていた。この時の僕は人間違いか何かだろうと思った。
「どなたですか?」
「私だよ! 私! 由美香!」
「え……」
彼女は僕の知る由美香とは別人だった。
髪は肩まで伸びていて、色は栗色でパーマがかかっている。綺羅びやかに輝くピアスが耳にはつけられていた。
睫毛はしっかりと整えられていて、瞳は二重だ。眼鏡もかけていない。まさに、イケイケのギャルと言った感じだ。
「せっかくこうして会えたんだし、入学式終わったら遊びに行こうよ!」
時の流れは残酷だ。人をここまで変えてしまうのだから。
由美香はグイグイ来るような女の子じゃなかった。教室の隅でちょこんと椅子に腰掛けているのが、僕の彼女に対するイメージだ。
「うん、行こう」
けれど、僕にとって彼女は好都合だった。交友関係も広そうだし、繋がりがあって損はない。僕好みの女性を紹介してくれそうだ。
今の由美香との付き合いがあれば、僕も華々しい人生を送れるのではないか、そんな期待があった。
ところがどっこい。
一体誰が予想しただろうか。陰キャの代表みたいな僕が、陽キャ代表の由美香の恋人になるなんて……。
由美香はとにかく男を煽るのが上手い。距離感を弁えず、僕の飲んだペットボトルに平気で口を付けたりするのだ。
講義で分からないところがあれば、チューできるんじゃないかと思えるくらい、顔を近づけてくる。そして嗅いだことのない甘い匂いが僕を惑わすのだ。
童貞の僕はあっさり彼女の色香にやられてしまい、由美香に告白した。
告白を受け、不敵な笑みを浮かべる彼女を見て僕は察した。由美香は恋愛経験が豊富だと。
彼女が僕に近づいたのは、モテない僕をどれくらいの期間で落とせるか試したかったのだろう。
事実、再会して一ヶ月も経たない内に僕は由美香に惚れてしまった。恋愛弱者である僕を絡めとることなど容易かったのだ。
彼女の中学、高校時代はきっといろんな男と恋愛を楽しんだに違いなかった。
「尚也ははじめて?」
「……」
「そっか、じゃあ私に任せて。気持ちよくしてあげる」
由美香と関係を持つことになった時も、彼女は慣れた感じだった。
デートする時も、由美香が行きたい場所に行く。
人見知りの僕の気持ちを汲み取ってくれるのか、キャピキャピした人がいるようなレジャー施設には行かない。
僕がたまにはそういう場所に行こうと誘うと、彼女は途端に遠い目で「行きたくないな……」何て言う。
由美香とのデートは楽しい。僕が理想とした青春を彼女は提供してくれる。さらに容姿端麗で気立てもよくて他人に自慢したいくらいだ。
でもだからこそ気になってしまう。由美香にどんな過去があったのか。
僕は好きな人の過去すら独占したくなってしまったのだ。
由美香のことだから僕より遥かにイケメンで、性格の良い男と付き合っていたはずだ。
ひょんなことから僕は別れを告げられて、元カレとよりを戻そうとするのではないか。
そうならない保証は何処にもない。由美香が素敵な女性へと変貌を遂げたのは、男の影響があったに違いないのだ。
一度だけ、僕は由美香に尋ねてしまったことがある。過去に何人と付き合ったのかを。
「あ、あのさ、由美香って今まで何人と付き合ったの?」
パンドラの箱を開けてしまうかのような気分だった。だけど、どうしても聞かずにはいられなかった。
「うーん……八人くらいかな?」
「くらい?」
「私さ、付き合った人の数とかいちいち覚えてないんだよね。ナンパされてそのままホテルに行ったこともあるし」
「マジ!?」
「あ、そうそう。元カレが実は芸能人だったこともあったよ」
それから恐怖に怯える毎日だった。初めて彼女ができたのに、捨てられるのではないかと僕は思い悩んだ。
大学の友達に相談しても「拗らせてるなお前」の一言で終わってしまうだろう。
それにこんなこと恥ずかしくて顔を合わせて話をするなんてできない。
僕に残された選択肢は、素性の知れない人がわんさかいるインターネットの掲示板へ想いを吐露することだった――。
★★★★★
絶対リア充になる! そう胸に誓って果たした大学デビュー。それは概ね良好だった。
中学、高校時代は恋愛とは無縁だった。話す異性と言えば、コンビニの店員くらい。
私はそんな暗い過去を捨て、生まれ変わると決めたのだった。
大学受験が終わった冬、私は化粧を猛勉強した。それだけじゃない、ファッション、ヘヤースタイル、容姿に関わるものに全てを注ぎ込んだ。
そのおかげで、恋愛経験なんて皆無なのに周りからモテかわ女子と認識された。初めての彼氏もできた。
ただし、根の部分ではあまり私は変わらなかった。いきなり知らない男性と付き合うのは怖くて、それ故に私の彼氏は幼馴染だ。
牧野尚也、それが私の彼氏の名前。
大学の入学式で尚也を見かけた時、私は運命を感じた。初恋の人が私の前に現れたのだから。
私は尚也に猛烈にアタックした。そのおかげで、尚也から私に告白してくれた。
初恋は八割成就しないと言う。私は本当の意味で、恋愛強者になれたのだと実感した。
しかし、尚也と付き合えたのは良かったものの大きな問題があった。
見栄を――張りすきだ。
私が恋愛カーストのトップの存在だと思ってもらいたくて、私は尚也に過去にタレントと付き合ったなとど嘘を付いてしまった。
一度嘘を言うと取り返しがつかなくなった。
尚也とそういうことをした時も、めちゃくちゃ痛かったのだけれど、経験豊富であるかのように装わなければならなかった。
毎回デートコースも私が考えないといけない。だって私は尚也にそう思われている。
でも流石に疲れてしまう。友達に相談しようにも、逆に恋愛の悩みを打ち明けられてしまう始末。
こうなっては仕方がない。悩みを対面で話す必要はない。現代社会はスマホ一つで全世界の人と繋がれる。ネットで解決策を見つければいい。
そう思っていたのだけれど、検索でヒットしたお悩み掲示板にとんでもないことが書かれていた――。
●何でも相談掲示板!
題名 : 幼馴染の彼女の元カレについて悩んでいます。どうしたらいいでしょうか……
本文 : 僕には幼馴染の彼女がいます。彼女とは最近付き合うようになりました。彼女には過去に何人も恋人がいたらしく、そういった行為も手慣れていて凹んでいます……。僕の知らないところで、彼女が他の男に笑顔を見せていたと思うと、胸が引き裂かれそうになります。また、僕は彼女が初めての恋人のため、彼女を上手くエスコートすることができず、デートの時はいつも引っ張られている状況です。もし、今、彼女の前に元カレが現れたらこんな僕は見限られてしまうのではないでしょうか? 彼女は有名なイケメン俳優と付き合ったことがあるらしいです……。自分で言うのも情けない話ですが、僕は彼女の元カレに勝てるような男ではありません。どうしたらいいでしょうか?
質問者が評価した回答 : 僕も似たような経験をしたことがあります。僕の場合は結局彼女にフラレてしまいました。傷付く前に彼女と別れた方が賢明です。
……………………!?
コレ私のことじゃん!!
あわわわわわわわわわ!
尚也が思い詰めちゃってる!
なんか別れる雰囲気になってるし!
どうしようどうしようどうしよう!!
落ち着け私! ひっひっふー!
>彼女には過去に何人も恋人がいたらしく
ごめんなさい! 全部嘘なの! 大学デビューしたとか思われたくなかっただけなの! 尚也が初めての恋人なの!
>彼女は有名なイケメン俳優と付き合ったことがあるらしいです……。
私そこまで嘘ついてないよ! 元カレが芸能人だったとしか言ってない! 話が飛躍してる!
>傷付く前に彼女と別れた方が賢明です。
この人さりげなく、自分が上手くいかなかったから尚也を同じ目に遭わせようとしてるよね!? お願い尚也! 真に受けないで! 私尚也と別れたくない!!
私の想定より、事態は深刻だ。早急に何とかしなければ、私と尚也は破局してしまう。
そうだ! 私も同じように書き込みをすれば何か糸口を掴めるかもしれない。
尚也は評価してなかったけど、無数の回答の中には「彼女が盛ってるだけかもしれませんよ?」というのもあった。
よし! 書くだけ書いてみよう!
私は穴が空くのではないかと思えるくらい、スマホをタップするのだった――。
★★★★★
ネットで相談して以来、僕は悶々としていた。由美香との別れを促されたものの、踏ん切りがつかない。
よくよく考えれば、由美香は僕の初恋の女の子だ。告白したのも由美香が初めて。簡単に手放していいものなのだろうか……。
それに掲示板の回答は締め切ってはいない。何かいい答えを貰えるかもしれないし、もう一度掲示板を見てみよう。
そう思って、掲示板を覗いたらとある書き込みが目についた――。
●何でも相談掲示板!
題名 : 幼馴染のカレが私の嘘に思い詰めてしまっています。どうしたらいいでしょうか……
本文 : 私には幼馴染の彼氏がいます。彼とは幼稚園、小学校まで一緒だったのですが、引っ越しを機に離れ離れになりました。偶然、大学の入学式で彼と再会し、彼と付き合うことになりました。過去の恋愛経験を彼に聞かれた時、本当は異性と手を繋いだこともなかったのですが、彼に処女だと思われたくなくて芸能人と付き合ったことがあるなどと大嘘をついてしまいました。その結果、彼は存在しない元カレと自分を比べ、劣等感に苛まれ思い詰めてしまっているようです。どうしたらいいでしょうか?
質問者が評価した回答 : 全部正直に話したら?
質問者からの返事 : ですよねー
…………………………。
あれ? これって――――。
最後まで読んで頂きありがとうございました。