魔法
そうして翌日、約束通り父さんは俺をエルドさんのところに連れて行ってくれた。
エルドさんは確かに父さんの言った通り、俺が狩人を志望していること自体は喜んでくれた。だが、やはり稽古を始めるのは早すぎるからせめて7歳までは待てと言われてしまった。
だがここで諦めたら試合終了だ。俺はそれから約2年間にわたり、来る日も来る日もエルドさんの家に押しかけた。エルドさんは狩猟で家を空けていることも多かったが、その代わりエルドさんの家族と仲良くなれた。
エルドさんの奥さんは清楚系美人という形容がぴったりな女性で名をミーアさんという。まさにエルドさんとは美女と野獣カップルといった感じだが、仲はとても良いようだ。
そして2人には俺と同い年のリサという娘がいる。母親似の可愛らしい顔立ちをしている。
リサは人見知りなのか、最初の頃は俺がいる時は父親か母親の陰に隠れるようにしていたが、毎日訪問して構っているうちに仲良くなった。今では常に俺の後ろをついて回るようになっている。
「カイル、あそぼ!」
「はあ、はあ・・・あと30回素振り終わったらな!」
「えー・・・」
「カイル、手だけで振るなっていってんだろ! もっと腰を入れろ!」
「はい!」
だが俺はリサと仲良くなるために訪問していたわけではない。あくまで目的はエルドさんに認められ、狩人になるための稽古をつけてもらうことだ。
そのためには何でもした。ミーアさんとリサには積極的に愛想を振りまいて仲良くなり、外堀を埋める形で、毎日の訪問でうんざりしていたエルドさんが俺を邪険に扱えないようにした。
そしてエルド家の中庭で、これみよがしに木の棒を槍に見立てて突きの練習を繰り返した。槍にしたのは、エルドさんの武器が槍だったためだ。
それ以外に体を鍛えることも怠っていない。母さんの仕事であった毎日の井戸への水汲みを自分でやらせてもらうようにした。最初は必要な水を運ぶのに何往復もする羽目になったが、最近では何とか2往復で全部運べるようになった。また、体力と持久力をつけるためにエルド家と我が家の往復は常に全力疾走している。
そうした涙ぐましい俺の努力はようやく実り、エルドさんは俺の情熱を認めてくれた。最近では素振りをしていると槍の型を指導してくれるようになっていた。時間はかかったがようやくスタートラインに立てた。
「よし素振り100回終了!」
「おし。そしたらカイル、リサと遊んでやってくれ。今日も夕飯は食ってくんだろ」
「分かりました! すみませんがごちそうになります」
今ではエルド家のみんなは俺をもう一人の家族のように扱ってくれる。こうして夕飯をごちそうになることも多い。本当の家族には悪いが、エルド家はうちよりは裕福で、ごはんも量が多い。育ち盛りの俺にはありがたかった。
父さんなんかはエルドさんの部下みたいなものだから、こうした俺への扱いを恐縮していたがエルドさんは気にするなと言ってくれていた。
「よしじゃあリサ、遊ぼうか」
「やったあ!」
俺はリサの名前を呼び、一緒に遊ぶことにする。前世でも子供は嫌いではなかったので、リサと遊ぶのもそこまで苦にはならなかった。
「今日は何して遊ぶんだ?」
「今日はね、お姫さんごっこ。私がアストラル王国のお姫様でね、カイルは私を守る聖騎士様なんだよ」
「分かった」
アストラル王国というのは、この村、リーフ村のある王国の名前だ。どうやらこの村はアストラル王国の東の辺境に位置しているらしい。開拓村なだけあってかなりのド田舎で、近くの町まで出るには徒歩で半日近くかかるとエルドさんが言っていた。
だから外との交流はほぼないといっていい。たまに狩人たちがどうしても必要な時に最寄りの町に買い出しに行く程度だ。道中に魔物も出るため町との行き来は狩人しか認められていない。そんな状況だから、ほぼすべての生活を自給自足で暮らしているのがこのリーフ村だ。
それからリサに付き合っていると、ミーアさんが夕ご飯が出来たと呼びに来てくれた。
「いただきます!」
食卓には和やかな空気が流れているが、俺はエルドさんにどうしても聞きたいことがあった。
「エルドさん、魔法はいつになったら教えてくれるんですか?」
「調子に乗るんじゃない。槍の扱いは教えてやるが、魔法はまだお前には早すぎるといってるだろう!」
「はーい」
魔法について、この間エルドさんにその概要について教えてもらっていた。エルドさんの話では、この世界の人間は誰でも魔力が体に宿っている。
魔法には大まかに分ければ2つの種類が存在する。
1、魔力を生命力に変換し、身体能力を強化する→強化魔法
2、魔力を各属性に変換し、自然現象を人為的に発生させる→属性魔法
「・・・まあだが一つ言うとすれば、先に教えるのは強化魔法になるだろう。俺が属性魔法は教えられるほど習熟していないというのもあるが、狩人になるなら最低限の身体能力は絶対に必要だからな」
「それはなぜですか?」
「狩人は獣を仕留めるために高い運動能力を要求される。さらに魔物に襲われた時には自分の身を守れるようにしなければならない。強化魔法を扱えれば生身の時より体がずっと頑丈になるから、攻撃を受けた際にも死ににくくなる」
「なるほど」
「ただ強化魔法以前に元々の体が貧弱では意味がない。今お前にできることは体を鍛えることだ」
「はい! エルドさん!」
やはり俺が今できることは今までのように、いや今まで以上に体を鍛えることだな。
そうして夕食の時間は終わる。そろそろ家へ帰らないとな。
「今日はごちそうさまでした。そろそろ帰ります」
「カイルもう帰っちゃうの? 私もっと遊びたい!」
「・・・今日は泊っていけ。俺がトールには伝えてきてやるから。リサが寝るまで遊びに付き合ってやれ」
「分かりました」
この強面の男も娘には甘いらしい。
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