転生
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
不思議な感覚だった。俺は今まぎれもなく生まれたばかりの赤子だ。気が付いたら小さな身体で産声を上げていた。生まれたばかりだから目もよく見えないし、体を自分の意志で動かすことも満足にできない。
だが女神の言った通り記憶は引継がれ、俺は今まで生きてきた数十年の人生を覚えている。
大人の自我を持ちながら赤子をやり直すというのはキツイものがあるだろうが、それは大きなアドバンテージにもなる。本来何もできない他の赤子と違い、俺はこの時点から考えて行動を起こしていくことができる。
ただ、あまりに赤子にそぐわない行動を起こせば不気味がられる可能性があるので注意しなければならないが。
とにかくまずはこの世界を知ることが最優先だ。出来る範囲で周囲の観察をしていこう。
それから半年の月日が流れた。
その間俺はひたすら観察に徹した。そのおかげでこの世界の言葉もだいたい把握できたし、他にいくつか分かったこともある。
まず俺の生まれた家族についてだ。今俺を抱いてあやしている恰幅がよくほがらかな女性が俺の母親、その横でニコニコしている少し頼りなさそうな男性が父親だ。名をそれぞれカルナ、トールという。
そして今ここにはいないが6つほど年の離れた姉、エリーがいる。そして俺の名前はカイルと名付けられたらしい。
仲の良い家族で、両親は優しいし姉はしっかり者でよく俺の面倒をよく見てくれている。前世ではシングルマザーで姉弟もいなかった俺にとっては、にぎやかな家庭は新鮮でとても暖かく感じる。
しかし家族を取り巻く状況はあまりよろしくなさそうだ。襤褸に近いような服装といい、小屋に近い家の感じといい、両親や姉が食べている粗末な食事といいお世辞にも裕福ではない。はっきりいって貧乏だ。それがこの家庭が貧乏なだけなのか、この世界の生活水準が低すぎるのかはまだ分からないが。
それからさらに1年が経った。
正直長かった。家の中のことは半年経った時点でだいたい分かっていたし、家の外がどうなっているか知りたかったのだが、両親は赤子の俺を外に連れ出すことはなかったため、ひたすら姉のエリーと家で遊んでもらっているしかなかった。
ちなみになんとか金属に自分の姿を映して容姿を確認したが、何の感想も浮かばない平凡な顔立ちをしていた。
まあ唯一特徴を述べるとすれば、黒髪黒目ということくらいだろう。母親の黒髪と父親の黒目をそれぞれ引き継いだのだろうが、この世界では珍しいと母が言っていた。
この頃には俺は立って歩き、簡単だが言葉を発し、両親や姉とも会話を行うようになっていた。
「エリーと比べてもカイルはずいぶん成長が早いわね!」
「もしかしてこの子は天才なんじゃないか!?」
などと両親は話していた。これでも一般的な赤子の成長に合わせたつもりなんだけどな・・・
しかしずっとこうして他の赤子と同じような行動をしているわけにはいかないだろう。せっかく記憶があり思考ができるアドバンテージを持っているんだから生かさないともったいない。
「じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃい!」
父さんは毎朝かなり早く仕事に出ていく。そしてそれを見送った母さんは姉に俺の面倒を任せて朝の仕事に取り掛かる。近くにある井戸に水を汲みに行くのだ。
「エリー、カイルのこと任せたわね」
「はーい!」
このタイミングで俺は母さんに話しかけることにした。ここで母さんについていって外がどうなっているか確認しておきたい。
「かあさん!ぼくもおそといきたい!」
「もう、何言ってるの! カイルはお姉ちゃんとお留守番してなさい!」
「いやだ!」
「困ったわね・・・」
「いいんじゃないお母さん。カイルはまだ1歳とは思えないほど成長はやいし、もう井戸くらいまでなら連れて行っていいんじゃない」
「そうねえ・・・分かったわ」
いいぞ姉さん、ナイスアシストだ!
これでやっと外の様子を確認できる。そして少しはこの世界のことについてまた知ることが出来るだろう。
そうして俺は母さんと姉さんとともに初の外出に向けて準備をするのだった。
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