プロローグ
「はあ・・・疲れた」
現在の会社に勤務して十数年。今の俺は現実に希望を見出せず無気力な日々を送っていた。休日もろくに取れず、朝早くから夜遅くまで働いて寝るだけの生活。
女手一つで育ててくれた母親も去年亡くなり、俺は生きている意味を見出せなくなっていた。
俺は何も最初から今のような無気力な人間だったわけじゃない。学生時代はそれなりに勉強も頑張っていたし、将来に希望もあった。
ただある時思ってしまったのだ。俺の家は貧乏で、しかも俺自身取り立てて才能があるわけでもない。だから人生頑張っても意味がないのではないかと。
それからはそういう自分の環境や才能を言い訳にして、すべてから逃げるようになっていった。その結果がブラック企業に勤め、夢も希望もない今の自分だ。
「人生を途中で諦めていなければ別の道もあったのかな」
悔やんでももう遅い。いやまだ出来ることはあるのかもしれないが、今更何かを頑張ろうなんて思えない。
そんなことをぼんやりと考えている俺の目の前を小学生と思われる男の子たちがはしゃぎながら通り過ぎて行く。
「いいよなあ君たちは。君たちの未来は可能性にあふれている。これから何だって出来る。俺みたいになるんじゃないぞ」
気づけばそんなことを呟いていた。そして横を通りすぎようとしたのだが、
「危ない!」
「う、うわあ!?}
遊びに夢中になっていた少年の一人が道路に飛び出してしまった。そして運悪くそこには車が猛スピードで接近している。
気づけば俺は自分の身を投げ出し少年を突き飛ばしていた。そして気づいたときには車が目前に迫っていた。
(ああ・・・死んだな俺。まあこんな俺でも未来ある少年の命を救えたと思えば悪くない死に様だったかもな)
そうして意識は遠のいていった・・・
「起き・・・さい」
声が聞こえる。優し気でまるで天使のように透き通った美声が聞こえてくる。
閉じていた眼をうっすらと開いていく。
「起きてください」
「・・・ここはどこだ? そしてあなたは?」
あたりを見回すと病院を思わせる真っ白な空間。そういえば俺は少年をかばって車に轢かれたんだっけ。てことはここは病院か?
だがあのスピードで轢かれたら助からない気がするし、少なくとも重症は負っているはずだが特に体に異常はない。
そして何より目の前の女性はとても看護師には見えない。俺に呼びかけてきたと思われるその女性は髪は欧米人のようなプラチナブロンドで、瞳は透き通った碧眼だ。今まで生きてきて見たことがない美術品のような整った容貌をしていた。
「ここは生と死の狭間に存在する空間。そして私はこの世界を管理する女神です。あなたは現世で死亡が確認されましたので、私の権限でこの空間にお連れしました。」
「やはりそうか・・・ということは、これから俺はあなたに天国に連れてってもらえるのか? まさか地獄じゃないよな」
「いいえ。あなたは尊き子供の命を自分の命を犠牲にして救われました。あなたの善行を認め、特別措置としてあなたには2度目の人生を与えます」
「2度目の人生・・・?」
「そうです。こことは違う世界ですが、あなたは今までとは違う人間として生を受けるでしょう」
なるほど。俺は生前漫画を好んで読んでいたが、その中にこの状況と似たような展開があったような気がするな。いわゆる異世界転生というやつだ。
「転生者として何か普通の人間と違う特別な力がもらえたりするのか?」
そういう物語のお約束として、チート能力がもらえるのか聞いてみる。
「そのような力を与えることは出来ません。特別な力を個人が持ってしまえば転生先の世界に良くも悪くも莫大な影響を及ぼしてしまいますので」
「それもそうか・・・」
考えてみれば当然の話だ。
「あなたが望むならば今までの人生の記憶は引き継ぐことができますが、デメリットもあります。どうなさいますか?」
「デメリットってなんだ?」
「厳しい環境に生まれてしまった場合、前世と境遇を比較してしまい辛くなることもあるでしょうから」
「確かにそう言われればそうだが・・・それでも、引き継いでくれ」
今までの人生は恵まれたものではなかった。だがそれでも俺が俺として生きてきたことを忘れたくない。記憶を無くしたのならそれはもはや自分とは呼べないだろう。
それにせっかくもらえる2度目の人生、絶対に次の人生は成功させたい。
赤子の頃から記憶があれば、今まで生きてきた知識を生かし幼少期から努力することが出来る。そうすれば同世代と比べて有利に立ち回れる可能性は高いし、成功できる確率は上がるだろう。
「分かりました。ではそろそろ時間ですので、転生を開始します」
「ま、待ってくれ! 転生先の世界はどんな世界なんだ!? 俺の生まれる先は?」
「それはご自身で確かめてください」
く、くそ! まだ聞きたいことはあるっていうのに、意識が遠のいていく・・・
読んでいただきありがとうございます。