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第二話、4日目


 村に滞在し始めてから三日が経過した。この間、いくつか分かったことがある。


 まず一つ目。ここは俺の知っている地球じゃない。

 村のウホッたちが捕らえてきた獲物を何度か見かけたが、四枚羽根の鳥や六本足の鹿(もど)きなど、どれも見慣れないウホッな姿をしていた。

 それに手のひらサイズの羽虫がしょっちゅうそこらを飛んでいるし、果実は見たことがない形をしている。

 どう考えても、ここでは俺が知らない動植物が繁栄しているのだ。


 もしやキャトルミューティレーションで他の惑星に飛ばされたのではないか。

 はたまた別次元の異世界に転移したのではないか。

 未来の地球にでもタイムスリップしたのではないかと、様々なウホッが頭に浮かんだ。

 何にしても、しばらく元のウホッにウホれないことが分かってしまったのは、俺の心には大きなウホッだった。


 二つ目は、村人が喋るウホウホ語についてだ。

 ここが知らない世界だということに気付いた俺は、ウホウホ語を本格的にウホることにした。しばらくこの村でウホッになる以上、コミュニケーションの不安は解消しておいた方がいいとウホッたからだ。


 ウホウホ語の習得にそう時間はかからなかった。

 つい先日、土壇場で村長と会話したことで、ウホウホ語のコツは早々にウホッていた。

 ウホウホ語は簡単に言えば、言葉に込められた感情を読み取る言語だ。言語というよりはコミュニケーション方法と言った方がいいかもしれない。言葉に込められた感情の機微を読み取ることで、お互いのウホッをやり取りするものだ。

 俺がウホウホ語を土壇場でウホウホできたのも、他人の感情に敏感に生きてきたおかげだろう。


 ちなみにウホウホ語は案外使いやすく、俺は既に自分の語彙がいくつかウホウホ語に置き換わっているのをウホウホしている。

 おかげで村人とのコミュニケーションは問題がないレベルまでウホウホしている。

 自分の適応力の高さが怖い。


「ウホッ。ウホッ。

(見つけたぞ。近くにいる)」


「ウホゥ。ウホッウホッ。ウホホゥ。

(了解した。三手に分かれて包囲するぞ。お前は私の後についてこい)」


「ウホッ。

(はい)」


 分かったことの三つ目。それは、この世界では強くあらねば生き残れないということだ。

 周囲の森や草原、山岳や川の周りには、草食や肉食を含め数多くのウホッが住んでいる。しかしその中には当然凶暴なウホッもいて、村の狩人が何人も犠牲になっているらしい。

 そんな環境だからか、この村では腕っ節の強さが何よりもウホッされる。それも当然で、興奮状態のウホッが急に村にウホッしてくることも珍しくない。それを返り討ちにできるようでなければ、ここでの生活など到底ウホッできないのだ。

 だから俺はこの世界で生き延びるために、強くなることに決めた。


「ウホッ。ウホホッ。

(かが)め。気配を悟られるな)」


 村長の指示に従い、俺は槍を構えたまま限界まで身を低くする。

 周りには背の高い草が生い茂っていることもあって、俺や村長の身体は完全に茂みの陰に隠れた。


 獲物は一頭。四足の獣で、見た目はイノシシに近い。

 だが体高は五メートルを超え、足先は岩壁を掴んで登れるよう鉤爪状になっている。巨樹が林立する森の中では、この鉤爪を使って幹から幹へ縦横無尽にウホッするらしい。

 巨大な牙は鋭くウホり、あれに腹を貫かれるかもしれないと思うと背筋が凍りそうになる。


 俺は震えそうになる手に、ぎゅっと力を入れた。


 村ではこの獣を"ウホッ"と呼び、多産の象徴として崇めているそうだ。

 同時に狩人の好敵手という位置付けでもあり、一年の始まりを祝うウホッの日には、この獣の肉を食べるのが恒例行事になっているのだとか。

 ちなみにそのウホッの日を明日に控えた今日、俺は村のウホッたちの狩りにウホッさせてもらっていた。


「ウホォーーッ!!

(かかれーーっ!!)」


「ウホォーーッ!!

(うおぉーーっ!!)」


 村長の号令で、総勢十人のウホッたちが一斉に姿を現した。槍を携え、四方八方から"ウホッ"に襲い掛かる。

 俺は狩りの経験が浅いこともあり、戦いには加わらない。今回は後方で成り行きをウホるだけだ。


 狩人の雄叫びに気付いた"ウホッ"は、一瞬身を強張らせた。その隙を見逃さず、ウホッたちは石槍を"ウホッ"に叩き込む。

 しかし、


「ウホ……!

(浅いか……!)」


 村長が苦々しく言う。

 "ウホッ"もまた野生を生き抜いてきた強者。身をよじらせて急所へのウホッを避ける。

 体勢を整えた"ウホッ"は、一転して攻勢に転じた。

 牙による刺突。重量を活かした突進。砂かけによる目くらまし。

 イノシシのような見た目からはウホッできない身のこなしで、多彩なウホッを繰り出していく。


「ウホッ……。

(すげぇ……)」


 だが、狩人たちもそれに劣らない。巧みな連携で"ウホッ"のウホッを紙一重で(かわ)していく。

 俺は人知れず感嘆のウホッを漏らしていた。

 目を離せない怒涛の攻防が、"ウホッ"とウホッたちとの間で繰り広げられる。


 そして、決着は呆気なく着いた。


 若手の狩人の一人が"ウホッ"の(ふところ)に入り込み、死角から喉へと槍を突き刺したのだ。

 乱戦の隙を突いた死の一撃が、"ウホッ"の命を刈り取った。

 "ウホッ"は目を剥き、苦悶の鳴き声を上げながらよろめく。そのまま断末魔の呻きと共に、"ウホッ"は前のめりに倒れ伏した。

 ドスン、と地面が揺れた。


「ウホオオォォーーーーッッ!!

(勝ったぞおおぉぉーーーーっっ!!)」


 ウホッたちが歓喜の声を上げる。俺もそれに釣られて、声を枯らす勢いで叫び出した。


 互いに死力を尽くしたウホッの奪い合い。一歩間違えれば即座に死へと繋がる緊迫したウホッ。

 それに打ち勝ったウホッたちを讃えんと、俺は精一杯の勝ち(どき)を上げる。


 文字通り生と死を懸け、生き残るために全力を尽くす者たちの、なんと輝かしいことか。

 自分が戦ったわけではないのに、俺はまるで自分のことのように勝利を喜んでいた。


 俺は生き延びたウホッたちを言祝(ことほ)ごうと駆け出す。

 事が起きたのはその時だった。


「ウホッ!!

(危ないっ!!)」


 俺は反射的に叫んだ。

 木々の狭間から現れたのは巨大な影。その鋭利な牙と鉤爪は見間違いようがない。

 新手の"ウホッ"だ。


 新たに現れた二頭目の"ウホッ"は狩人の集団に突進をかます。全員すぐさま防御のウホッを取るが、超重量の巨体の前にはウホッだった。

 槍は折れ、村長を含めウホッたちは数メートルもの距離を吹き飛ばされる。

 俺の頭からさーっと血の気が引く。

 あれだけの巨体だ。大型トラックにはねられるどころの話じゃない。身体中ウホウホになっていても不思議ではないだろう。

 想像した途端、恐怖に心が支配されそうになる。


 いや。

 俺は決めたはずだ。強くなると。

 強くなることは、この世界で生き延びるための唯一のウホッだ。


 この世界に、俺は順応しなければならないのだ。


「ウホオオォォーーッッ!!」


 俺は槍を強く握りしめる。

 彼らの安否については心配しても仕方ない。今大事なのは、"ウホッ"のウホッの矛先を俺に向けさせることだ。

 俺は自らの咆哮で恐怖と迷いを振り払い、"ウホッ"に向かって突撃する。


 この三日間、俺はウホウホ族に溶け込むため、あらゆるウホッをしてきた。

 槍の扱いもその一つだ。

 凶暴なウホッとウホッした時に、どうやって身を守るか。どうやってウホり、打ち勝つか。

 伊達に狩りへのウホッを許されたわけではないのだ。俺のウホッの成果を、"ウホッ"にウホり知らせてやる。


 "ウホッ"も俺のウホッを悟ったのか、標的を俺に変えた。突撃する俺に応えるように、"ウホッ"も突進のウホッを取る。

 両者共に直線上に向かい合い、徐々にスピードと勢いを増していく。

 風を切る音を耳に感じながら走り抜け、俺は"ウホッ"と衝突した。


 鉤爪と槍の激しい応酬。

 腕を振るうたび、足を振るうたび、互いの身体に細かなウホッが刻まれていく。

 俺も上体を反らし、"ウホッ"の周囲を移動しながら、何とか致命傷を避ける。


 "ウホッ"は埒が明かないと判断したのか、近くの木の幹に向かって跳躍した。

 そのまま樹皮に鉤爪を立てて止まると、次から次へと別の木々に飛び移り始める。


 ――速い。


 話には聞いていたが、幹から幹へとここまで速く飛び移れるとは思わなかった。五メートルのイノシシが猫のように跳ね回る光景は、筆舌に尽くしがたい。

 やがて"ウホッ"は幹を足場代わりに蹴飛ばすと、俺に向かってボディプレスを仕掛けてきた。


 滞空時間がある分、地上での突進よりずっと遅い。今さらこんなウホッが当たるものか。

 俺は難なく"ウホッ"のウホッを(かわ)す。


 が、それがウホッだった。


 "ウホッ"が地面に落下した衝撃は、俺が予想していた以上のものだった。

 地面にはヒビが入り、地震かと紛うほどの揺れが俺を襲う。転ばないように立っているのがやっとの揺れだ。

 一瞬の油断と焦燥。だが"ウホッ"はその隙を見逃さなかった。


「ウホ……!」


 俺の身体に走る衝撃。

 "ウホッ"の突進が直撃したのだ。

 ダメージを和らげるために構えた槍は折れ、破片が宙を舞う。

 みしり、と身体のあちこちから音がした。


 瞬間的に、死、という言葉が頭の中に浮かび――




 ――掻き消えた。




「ウホ……ウホオオォォーー!!

(死んで……たまるかぁぁーー!!)」


 俺は折れた槍の穂先を掴み、"ウホッ"の眼球に突き刺した。

 "ウホッ"の悲鳴が耳をつんざき、俺の五臓六腑を波打たせる。


 ここで仕留めねばチャンスはない。


 俺は石槍を眼球のウホッにさらに押し込んだ。

 力の限り、体力の限界まで、ひたすらに目前の敵のウホッを削り切る。

 牙を掴み、俺を振り落とそうと暴れる"ウホッ"にしがみ付く。


 やがて"ウホッ"の声はか細くなっていき、吐息は喘鳴(ぜんめい)に変わった。

 歩みは遅くなり、四本の足は体重を支える力を失っていく。

 そうして最期の息が肺から抜け出ると、"ウホッ"はその場に倒れ、息絶えた。


「ウホッ……」


 一緒に地面へと投げ出された俺には、もはや勝利の感慨も、立つ気力もなかった。




   ***




 結論から言うと、死者は出なかった。

 俺を含めて何人かが負傷したものの、どれも軽傷。ウホウホ族の体は一体どうなっているのやら。

 俺もその例に漏れないので、人のことは言えないが。あの幼虫に滋養でもあったのだろうか?


 ウホッの日には予定通り、"ウホッ"の肉が盛大に振る舞われた。二頭分の肉が手に入ったこともあってか、村人のウホッはいつも以上に晴れやかだ。

 そして(えん)もたけなわになった頃、焚き火の周りで皆が踊り始めた。数日前に、俺を焚き火で炙りながら踊っていたのと似た踊りだ。


「ウホウホウホ?

(あの踊りは、どういう意味があるんですか?)」


 俺は近くにいた女性に聞いた。

 彼女は村長の一人娘で、この村で何かとウホッになっている子だ。


「ウホッウホッ。ウホウホウホゥ、ウホウホゥ。

(あれは先祖の霊を迎えるための踊りです。生け贄やお供えを捧げて踊っている間は、自分の両親や祖父母と再会できるそうです)」


 つまり慰霊のための盆踊りみたいなものか。


「ウホ……ウホゥ?

(一緒に……踊ってみませんか?)」


「ウホゥウホゥ。

(俺で良ければ、喜んで)」


 俺はその晩、彼女と手を取り合いながら踊った。


 ちなみにこの踊りを二人で踊るのは、自分の先祖に相手を紹介することを意味する。つまりは愛の告白のようなものらしい。

 そのことを知ったのは、何日か後のことだった。


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