→【当日まで何事もなく過ごした。 】→やっぱり出かけたいと言う。
→やっぱり出かけたいと言う。
でかけてもこれはダイジョブなんじゃ?
「そこまでいうならいこっか」
「そいうこなくっちゃ!」
「今日はなんかそういうノリずっと続ける気なの……?」
嬉しそうに返事をする両親を見て、この選択も間違いじゃないと確信する。
この話し合いだけでだいぶ時間外れている。
この後、芽依も一緒に行くからと迎えに行く予定なのだ。そらにずれるだろう。
元から、用心に用心を重ねていただけの話だ。
思えば俺にしては重く考え過ぎだし、警戒しすぎたともいえる。
「でも具合が悪くなったらすぐいう事!」
「ははー!」
「そこはせめてはーい、みたいな返事にしてあげような母さん」
空気だって悪くない。
正直、あの日の空気はよくなかった。
ぐずる俺、苛立つ父、まぁまぁと諌めつつ頭痛がおさまらないらしかった母。
全てが悪い形でかみ合っていた。
悪い事は悪い事を引き寄せる、みたいなことはよく聞く。逆にいえばいい雰囲気ならいいことが起こらなければおかしいわけだ。
そんなものは今まで別に信じてもいなかったが、この状況がオカルト見たいものなんだからいいだろう。
車の中で歌が響く馬鹿みたいにアットホームな空気。
「すごかった……」
「ふふん」
芽依を迎えに行った後の車内は盛り上がっている。
当初の予定通り所謂テーマパーク的な場所に出かける途中にしてはテンション上げ過ぎな気もする。
ついたころには多少つかれているのもありうるレベル。
「なんでそれでお母さんは得意げな顔ができるんだろう……」
「そこも母さんの可愛いところだから……」
「そんなに声が震えて」
「感動している、ですかねぇ……」
「ポジティブなところが啓くんと似てるんだよ……」
「いいよる」
「わわわ」
今は母にいじられて笑っている芽依は、最初は緊張していた。
無理もない。友達とは言え、知らない大人に混じるというか家族に一人他人が入り込むという状況だ。
仲が良くても物怖じしてもなんら不思議はない。
特に子供は馬鹿なばかりではない。
『邪魔だな』とかいうそういう空気は察してしまうものだ。
そして、自分から連れていくとは言ったものの、心情的にそう思ってしまうような人間も少なくはないだろう。
「デスメタルはないよ……家族でお出かけの車内でデスボはないよ……」
「メロコアにするべきだった?」
「違う。そうでもない」
しかしそこは特に母が頭おかしいテンションを発揮することによってというか、ノリで無理やり飲み込むことで馴染ませてしまったのだ。
わが母ながらどうかと思う。
馬鹿ではないから、結構な計算はあるとは思うのだけど、それでも滅茶苦茶な人だ。
ここまで滅茶苦茶だった記憶はなかった。
子供に合わせていた、ということなんだろうか。
「実は昔お父さんはバンドをやっていてね。おっかけたものだよ」
「ちょ、母さん」
もし記憶では無理だったものを出せるようになったのがやり直した成果だとしたのなら、それは喜ばしい事である。
「それ自体悪い事じゃないけど、ぶっちゃけあんまり知りたくなかった……!」
「え? カッコイイんじゃ?」
「芽依ちゃんはいい子だなぁー!」
「いや、聞いた感じファンに手」
「やめてくださいおねがいします」
「息子の目は冷たかった……!」
「もう黙ろう母さん!」
聞きたくないことは聞かされてしまったが、やはり来て正解だったと思う。
全員楽しそうだ。
俺ももちろん楽しい。
思えば回避することばかり考えていた。
やはりこういうのは考え過ぎてもダメだという、いい学びになった……?
遠くから、声が聞こえる気がする。
それと不穏な音。
そういえば、事故自体はいつ起きた事だったろうか。
時間はどうだっただろう。
「ん? 前がつまってる? 騒がしくなってるみたいな……」
「事故かなー?」
父と母の声。
ちょっと不穏な空気を感じてか、芽依も緊張している様子。
俺は、別の意味で嫌な汗をかいていた。
そんなはずはない。
そんな馬鹿なことはない。
時間がずれても、事故に巻き込まれるなんてことはない。
そう頭の中で繰り返す。
だってそんなものはおかしいから。
時間はずらした。それだけで回避できないというのがおかしい。
ちょっと油断ともいえない選択をしたらダメだなんて、それこそ厳しめのゲームにあるバッドエンドみたいじゃないか。
「啓? どうしたの? 具合悪い?」
「啓くん真っ青だよ……? お水飲む……?」
呼吸がしづらい。
勝手に汗が噴き出る。
体が、記憶が、事故の映像を引きずり出している……!
トラウマになっていたらしくても、普段は記録のように見ているから大丈夫だったのに。
汗が噴き出て息が苦しい。熱い。熱くて仕方がない。
そう、熱くて熱くて仕方がないはずなのに、ぞっとするほど心が冷たい。
そんなことはないはず。
そんなことはない、はずだけど。
『そんなはずがあったら?』
記憶の中の俺が、俺に向かってしゃべりかけているような幻覚が見える。
息がとにかく苦しかった。
声をかけられているようだが、俺はその俺の幻覚がから目が離せない。
『この時の僕と今の俺は違う』
何が違うというんだ。
やめろ。俺は間違ってない。
幼いころの俺と違って、俺はうまくやってきたんだから……!
『僕は知らなかった』
そうだ。
だから、思い悩みすぎて馬鹿らしいのも事実だって……
『俺は?』
俺は?
『俺は知ってたのに』
違う。
それは違う。こじつけだ。
だって、そんなのは違う。
『事故が起こることを知ってた。どうしようもあったんだ』
止めてりゃよかったとでもいうのかよ。
そんなこと、できるわけないだろ。
信じないし、そこまでしてやる義理もない。
そうだろ。そうだろうが。できる範囲ってやつがあるだろ。神様じゃないんだから、誰かれ構わず……
『違う』
違う? 何が。
どう違うっていうんだ。
『家族が死ぬかもしれないことを知ってたのに、と言っているんだよ、僕は。
どうして、それを知っていて?』
それは、
『軽く考えたな。やり直しているくせに。
調子に乗ったんだ。僕よりうまくできると普段から思っているくせに。
普段、思い悩む僕に傲慢だなんだと当てつけのように思う癖に、慢心したんだ。
僕は知らなかった。
俺は知ってた。
家族が死ぬかもしれないと知っていた。
これで死んだら――本当に自分のせいじゃないなんて思えるの?
自分のせいだと思う事が傲慢だとか、自分に向かって本心から言えるのかな?
知ってたのに? いかなきゃ事故に巻き込まれることだけはなかったと知っていたのに?』
「ち、がう!」
熱い。
体が燃えるようだった。
寒い。
凍えて凍死しそうだった。
車は止まっているようだった。
何で止まっているんだろうか。
どうしてみんな車中にいるのだろう。熱くはないのか。こんなに熱いのに。
ごちゃごちゃと音が聞こえる。
でも全てが水の中をもぐって、炎の中であぶられているようでくぐもっていて聞こえ辛い。
「ひぃっ」
痛くって、手を見ると火傷したように水膨れをしている。
事故にはあってないのに。
事故は起きていないはずなのに。
あってないよ。あってないはずだ。
じゃあ何で火傷しているんだろう。
あの時みたいに。
俺は人殺しじゃない。
家族を死なそうなんて思ってない。
だから縛り付ける必要もないし薬も打たれないしそんな事実はないしそうされたこともないんだ! 俺はおかしくなっていない。
車のドアを開けると戸惑ったような声が聞こえ続けているような気がした。引っ張られるような感触がしたけど、なんとか引きはがした。
ここから逃げなければいけなかった。
熱いから。
死んでしまう。
ここにいたら。
逃げなければ。
這いずってでも。
痛いから。
おいていっても。
一瞬縋るような目で見られても。
それから仕方ないというような目で見られても。
痛そうなのに微笑まれても。
熱いのだから、でなければ。
痛いのだから、でなければ。
苦しいのだから、でなければ。
死にたくないからでなければ。
あの時のように。
一人でも。
『お前のせいじゃないって、本当に――?』
「ああああああああああああああ!!!!!」
空気。
外の空気を吸って、幻影をかき消すように叫ぶ。
知ったことか、知ったことか、知ったことか!
俺はうまくやってきたのだから、これからもそうであり続けるんだ。
お前とは違う。
俺は、俺が見捨てたくなかったものを見捨ててなんかいないんだ。
だから
「ごぶ」
あから?
たたらを踏んだ。
みたら、胸から鉄が生えている。また熱くなった。
衝撃で色々ぼんやりしている中で、人が熱がっているのにとんだ嫌がらせだなぁと思った。
熱くてどうしようもなくて、痛かったけど無理やり引き抜くとそこから血がぼとぼとと流れた。壊れた蛇口の真似なのか、捻る所もないから一向にとまる様子がない。
それはなんだか気持ち悪いものが抜けていくような気もして。
同時に出ていかなくて混ざったような気もして。不思議な気持ち。
「啓ぇっ!!!!!」
そのせいか、いろいろクリアになった気がした。
しゃがみながら、こちらに近づこうとしている父とか母とか芽依とかの姿が見える。
悲鳴みたいな声がして、喉が大丈夫だろうかと心配になった。
でも体を支えて居られなくて、僕は膝をついた。
顔の近くを何かが通って、右側が見えなくなった。
他にも空気を切る音がしてる気がする。
びゅんびゅんと、何か色々飛んでいるらしい。危ないな。
爆発か何かしたんだろうか。よくわからないけど、危ないならみんな早く避難してほしい。
いつの間にか熱さはなくなっていた。
寒さだけが残っていて、幻影も消えていた。
痛くて冷たいけど、どこか安らいでいる。
ゆっくりとした眠さが代わりに近づいてきているのがわかって、とても目を閉じたくなって閉じた。
ゲームなんだっけ? と思った。
現実なんだっけ。と思った。
なんなんだっけ? と思った。
いつなんだっけ? と思った。
俺なんだっけ。と思った。
僕なんだっけ。と思った。
なんだか全部がわからなくなった。
全部混ざったマーブルみたいな色になっている気持ち。
そうして浮遊感と地面に引きずり込まれるような感じの中でぐるぐるしていると、体を抱えられた感触がした。
触られているんだろうけど、よくわからない。でも、気のせいかもしれないけど、あったかい感じがする。
だからきっと、お父さんかお母さんだろうって思った。
とても眠いけど、言わなきゃいけないとなぜか思ったから眠る前に言うことにした。
「わがままいってごめんね、でも、こんどまたいっしょにあそんでね。やくそくだよ」
ちゃんと言えていたかどうかはわからないけど、多分言えてたと思う。
なんだか知らないけど、ちょっとだけすっきりした気持ちになった。
苦しいような声が聞こえた気がする。
でも、どうしようもなく眠かった。
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