9 無自覚、最強の証左
マリナ視点
9 無自覚、最強の証左
マリナはデモホール内のベンチの上で目を覚ますと、すぐに入り口横のスペースに駆け込んだ。
「ミウさん!」
名前を呼ばれた受付嬢はこちらに振り向き、やがてクスクスと笑う。
「やだ、珍しいもの見ちゃった。あのマリナちゃんが寝癖立てて頬っぺに跡付けてるなんて」
そんな醜態は普段のマリナでは考えられないことだが、今の彼女にはそんなことを気にしている余裕は無い。
「あの男の子は!?」
「どうしたのそんなに慌てて。さっきの子のこと? それならもう結構前に出て行っちゃったけど。マリナちゃん、突然眠っちゃったんですって? 疲れがたまっていたのね。それなのにあんな子の相手までしてあげなくたって。相変わらず優しいんだから。たまには自分の身体もいたわってあげなきゃダメよ?」
「……違います」
マリナは俯きながら、ボソリと呟く。
「眠ったんじゃありません。……彼にやられたんです」
「え、どういうこと?」
「私が眠ったのではなく、彼に眠らされたのです。【スタン】です。 それで試合に負けて、そのまま――!」
ミウは首を傾げる。
「え、ちょっと待って。負けた? 負けたって、いったいどっちのことを言っているの? 当然マリナちゃんが勝ったんでしょ?」
「いいえ、私が負けました。一発も当てられずに、完封負けを喫しました」
「完封って……嘘でしょ?」
「本当です。しかも彼は魔法士でした。呪魔法士です。呪魔法士の彼が、闘技場ステージで、聖光剣士である私に勝ったんです」
通常、剣士と魔法士が闘技場のようなクロスレンジデザインのステージで戦ったならば、当然のことだが剣士の圧勝となる。
しかも彼は魔法士の中でも支援職の”呪魔法士”だった。
百歩譲って攻撃魔法を操る黒魔法士ならいざ知らず、呪魔法士が個人戦のしかも近距離ステージで剣士を無傷で圧勝するなど前代未聞だ。
常軌を逸している。
異次元的、超常的実力の格差が、二人の間には存在しているとみるべきだ。
※※※
ちなみにこの時、マリナは自身のジオストライクから無名が脱した手段がなんだったのか、はっきりと解明できていない。
それはその手段が”第五位階”魔法であることに起因する。
第五位階は使い手が少なく、故に全ての魔法と効果を認知している者が少ない上に、そもそも魔法士は最低位階を除き自身のジョブの魔法しか使用することはできない。なので第三位階の【スタン】のみをとり、マリナは無名を呪魔法士であると認識した。
※※※
「それだけじゃありません。私は、デモ試合中に受けた彼の【スタン】で実際に気絶しました。なぜか、試合中のダメージが、試合後にも継続したのです」
「デモルームのシステム上、そんなことってあり得るの?」
「あり得ません………………、たぶん」
少なくとも前例はない。
でも前例がないだけで、方法はあるのかもしれない。
「でも、よしんば方法があったとして、どうして彼がそれを知り得たというの……?」
このデモ設備の仕組みには、世界中の高名なる魔法士たちが揃って首をかしげている。
修理、メンテナンスも未だ製作者であるレギンレイブ本人に依頼され為されている始末である。
「そんな方法を知っていたら、彼はこの世界でもトップクラスの魔法士ということになってしまう」
ふるふるとミウは首を振った。
「……そんなことはあり得ないわ。だってマリナちゃん、あの子……」
マリナは、次にミウの発する言葉に愕然とする。
「彼……最低位階魔法しか使えないはずなの」
「……え?」
「彼は明日、この学校に編入してくると言っていた。それに該当する生徒はただ一人。教務室で噂になっていたから覚えていたの。
彼はあの歳で『まだ最低位階魔法しか使えない』――。
『昔この学校の幼児部にいた子と顔が似ている』『あの無能が戻ってきたんだよ』と主張する教師もいたけど、でも名前が違うらしいわ。とにかく『落ちこぼれ中の落ちこぼれ』なんだって。
たしか彼のクラス……”ブランク”だったはずよ」
「――――!」
慌てて、自身に被せられていたおそらくは彼のものだと思われる上着――その記章を確認する。
「空白…………そんな!」
その記章に、十字架の姿は無かった。
公正な気質の彼女は、普段、他者のクラスを気にしたことがない。それ故に、まったく気がつかなかった。
「あんなに強くてブランク!? 何かの間違いです! 少なくとも最低位階魔法しか使えないのは絶対に間違いです。だって【スタン】で気絶させられましたから」
「そして”最古の魔女”にしか知り得ない、デモルームの仕組みにまで深く精通しているって、そう言うのよね?」
「…………はい、でも、……馬鹿げてます……ね」
マリナは自嘲気味に肩を落とす。
「でも、私が負けたことだけは事実です。現実です。完封されたんです」
「……現在校内ランク”ゴールド”クラスでぶっちぎり一位を独走するチームのエースで、しかも既にプロリーグS級チームに内定も決まっているマリナちゃんを……、負かすなんて」
ミウは困惑して言い落とす。
「彼……一体何者……? 本当に落ちこぼれなの……?」
マリナには、自負があった。
幼い頃に身寄りがなくなった時から、たゆまぬ努力をし続け、それにより勝ち得た、”強さ”への自負。
いなくなった最愛の兄に再び会おうとも、決して恥ずかしくないようにと、必死に努力してきた自身への自負。
かれこれ十二年、彼女はたった一日たりとも、毎日自身に課している膨大な量の鍛錬プログラムを欠かしたことはない。その努力が、自らの自信に繋がり、そして、それが徐々に実を結ぼうとしていた。
なのに――
「…………私が、……聞きたい……です」
それが今、正体不明の男によって、あっさりと瓦解させられようとしていた。
本日以上です
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