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4 底辺、全てを駆逐する



 穴の上に残された無名は、やがて「やれやれ」とため息を吐いて、穴に飛び込んだ。


「懐かしいな。昔ここを落ちている時は、死への恐怖しかなかったものだ」


 かつてを思い出しながら落下を続けると、やがて底に辿り着く。底には魔方陣が敷かれており、衝撃緩和の魔法が自動発動して落下してきた者を優しく受け止めてくれる。


 昔のまま。

 そう――この”魔女の大釜”は、中に落ちたものは必ず死ぬ。しかしその死因は、落下死ではないのだ。


 落ちた先には大きなドーム状の空洞が広がっており、あたりは漆黒の闇に包まれている。


「お、おい……おまえ……来てくれたのかっ?」


 先に着いていたセルシオが泣きじゃくり、すがるように脚に絡みついてくる。


『エサだ……』

『久しぶりの餌食がふってきた……』


 すると周囲から、そんな不気味な声が聞こえてきた。

 昔のまま。


「なんなんだこの声は……」


 怯えるセルシオに、状況を見せてやることにする。


「【照明(ライト)】――」


 あたりを照らす光球を生み出す。

 すると闇が切り裂かれ、そこに潜んでいた者どもが瞬時に浮き彫りにされた。


「ひ、ひいいいぃいいいいい!!???!!!!!」


 恐怖だけで死ぬんじゃないかというほどのセルシオの悲鳴。

 けれどそれも仕方がない。闇の向こうにいたのは、おびただしい数のモンスターだった。しかも人語を操るとなると、かなりの高位のモンスターだ。


「”アークデーモン”だ」

「あ、、あああ、あ、ああ、あーくでーもん!?」

「そう、ギルド評価”S級レベルⅠ”。つまり一匹で、一般的なA級上位パーティの総合値と同等」

「え、えええ”S級Lv.Ⅰ”!? ど、どどどど、どうするんだよそれ! 五十匹はいるぞ!? 無理じゃないか! 学生の手に負える状況じゃない! というかプロですらだいたいの奴が余裕で死ねるぞこれ!」

「そう。だから穴に落ちた者は絶対に戻ってこれないと言われている。ここはアークデーモンたちの餌場だったんだ。言うなれば、生きた人間をむさぼり喰うレジャースポット」


 たぶん魔王領域にこの地点と繋がる”次元穴”がある。故に何度一掃してもアークデーモンが尽きることはない。アークデーモンの無限沸きスポットである。


「い、生きたまま……くわれる……」

「そう、こいつらはお前と同じ(、、、、、)なんだよ。怯える人間を無慈悲に食い物にし、得られる快感で狂っている」

「俺と同じ……」

「そしてお前がこれまで落としてきた奴らは、みんなここで餌になった。……お前もじきにそうなる」

「……………………そんな……うぞだろおおおお! ぞんな、ぞんなづもりじゃ……ただ、悔しかっただけなんだよおお!! むじゃくじゃしていただけなんだ! それでづい……同類(、、)を! 飛び降りたくても勇気がなくて穴を覗き込んでいる奴らを……次々落としていたら、ぐぜになっちまったんだ!! 何もかも上手くいかなくて、努力なんていくらやっても実らなくて、だがら、だがらあああああ!」


 大声で泣きじゃくる。

 恥も外聞もなく、子供のように、むしろかつての彼よりも子供らしく、大泣きしていた。


「じにだぐない!!」


 かつての自分も、そうやって泣いた。

 ここで。

 そして――――。


「……ああ。ああ。どうして俺は……あんなことを。なんて馬鹿なんだ。惨めな奴だ。ごめんよ、みんなごめん。ヴァイス、ごめん。ごめんよ、みんな……みんな……!」


 泣き崩れ、懺悔するセルシオ。

 全てをさらけ出し、心からの贖罪を念仏のように唱え涙している。


「……はあ」


 無名は短く息を吐き、魔法を唱えた。


「第一位階・黒魔法【火炎(ファイア)】、」


 彼の手のひらの上に一つ、小さな蛍火のような赤い火球が生まれる。

 それはおそらく魔法士を志す者が最初に習得するであろう魔法。

 誰でも使える、そして誰もが使えるが故に逆に今では誰も使わない超超超絶基礎魔法の一つである。


『ぷぷぷ、なんだそのマホ』

『オレたちを倒すには第五位階がひつよ……第一なんて効かない……』

『コイツ、これまで降ってきた中でもサイジャク……マチガイナイ……』

『ハヤク食べヨ、どういう声でナクカナ……』

『ほら、泣け、喚け』


「【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】――」


『エ……、おまえ何個出してんだそれ……』

『そんな弱いマホ、いくら出したって、むだ……』


 しかし構わず、無名はそれを尚も作り続ける。


「【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】、【火炎(ファイア)】――――」


 彼のまわりに、次々と無数の、おびただしい数の火球が生み出されていく。


『ハ……? コイツ、なにやってんの……?』

『ま、マブシイ……』

『火の玉が、イッパイ……。マルデ銀河みたい……だ…………』


 その異様さに、さしもの傲慢な魔物たちも何かを察知し始める。

 でももう遅い。


「ヴァイス、おまえ、それ……」


 セルシオも唖然としているようだった。


「灰燼に帰せよ魔物ども」


『カイジン……? てなんだ……?』


「ここには総計5,000発の【ファイア】がある」


『ご、ゴセン……すごい数だ……、でも腐っても第一位階マホ……そんなの効かない……』


「しかし火炎最低位階魔法【ファイア】は、それを50個で火炎最高(第五)位階魔法である【灼熱炎獄(メルトフレイム)】へと錬成変換することができる」


『は……? め、めめめ、めると……?』


「つまり錬成後、この場に総計100発の第五位階黒魔法【メルトフレイム】が誕生する」


 無名は言葉の後に、錬成を開始、全ての【ファイア】を【メルトフレイム】に変換する。

 さながら爆発寸前の恒星のごとき100の【メルトフレイム】たちの輝きが、あたりを眩しく照りつける。


 塵がいくら積もったとしても、それはやっぱりただの塵の山にすぎない。

 それがこの世界の魔法の常識。

 【ファイア】50個と【メルトフレイム】1個は決して等価ではない。

 しかし魔法錬成ではその非等価を、一定の法則下で、不可逆的にイコールとする。

 圧倒的一方通行な非等価交換――それが魔法錬成なのである。



『メルトフレイムは……まずい……オレタチ、死んじゃう……』


 オロオロと慌てだすアークデーモンたち。


「僕たちの代わりに、思い切り泣くといい」


『ウオオオオオオオオオ死んじゃう前に喰ッテヤルウウウウウウ!』

次回『後日談、殺人鬼の結末』。

更新は翌朝です

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