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3 再会一人目、急転直下

 魔女の大釜で声をかけてきた男――それはかつて無名を突き落とした同輩の一人であるセルシオその人だった。


 かつてとは随分と全体的な印象が違えていたが、しかし元々の特徴的な鉤鼻のおかげで、彼だとすぐに気づくことができた。

 そして向こうもこちらの顔を覚えていたらしい。セルシオは無名の顔を見ると、ハッとし、少し嬉しそう(、、、、)にした。


「おまえ! ヴァイス、ヴァイスだよな? 無事だったのか――っ!!」

「……セルシオか」

「そうだよ! ひ、久しぶりじゃないか! 元気してたか、今までおまえどうしてたんだよ! なあ? なんか印象変わったなおまえ」


 まるで過去のいざこざなど微塵も感じさせない快活な笑みで、こちらに近づいてくる。

 そして無名の服装に目を向けた。先ほど支給されたアカデミーの制服だ。


「おまえ……アカデミーに戻るのか?」

「まあね、今さっき手続きを済ませた」

「…………」


 セルシオは無名が胸に付けている”クラス章”の紋様を確認する。

 アカデミーはその実力により、上から”ゴールド”、”シルバー”、”ブロンズ”、”ブランク”の四つのクラスが存在する。そして”クラス章”にはその生徒がどのクラスなのかを表す紋様が刻まれていた。


「お前のクラスは……”ブランク”、か」


 無名の付けているクラス章は、”空白”。つまり”ブランク”を意味している。これは編入試験の成績により決定された結果である。

 ちなみにブロンズ以上の記章には、中央にクラス名と同色の”十字”が標されてある。


 アカデミーの人物評価法は、実に旧態依然としている。クロエがいつか学園を下に見ているような発言を落としていたのも今なら頷ける。

 ありきたりな検査・試験による減点法。それがアカデミーのとっている方式だ。

 故に『最低位階魔法しか習得できない』という分かりやすい欠陥を持つ無名は、どうしたって落第点すれすれの値がつき、ノータイムでブランククラス行きとなった。


「まあね、ブランクだ」


 無名の頷きに、セルシオはニチャリと粘着質な笑みを浮かべる。


「相変わらずみたいだな、おまえ」


 相変わらず――落ちこぼれている。そう言いたいらしい。


「そういうキミは……、ああ、キミも(、、、)、ブランクなのか」


 セルシオのクラス章も空白だった。

 しかし彼はその指摘に対し、感情を露わに叫んだ。


「うるさい! 黙れ! 俺は違う! 違うぞ!」

「何がだ?」

「お前今、俺のことを”同類”だって、そう思ったんだろ? でも俺は違う! お前とも! それにクラスの奴らともだ! 一緒になんてするんじゃねえ! 俺は断じて落ちこぼれじゃない! 俺はただ、まだ本気を出していないだけだ! ちょっとでも頑張ればすぐにゴールドにだって……それにプロにだってなれる!」

「そうだね。僕は落ちこぼれなんて思ってないよ。きみの言う通り、頑張れば誰だって――」

「はあ!? 誰だって――だと!?」


 セルシオは高らかに笑う。


「ハッ! 強がんなよ落ちこぼれ!! お前は、本当はとっくに諦めてんだろ? 所詮凡夫は凡夫だ。努力なんて無駄だ! だからお前もまだその位置(、、、、)にいるんだろが! …………そうだ、無駄だ! 俺以外は……天才の俺以外は。頑張ったって……どうせ……」


 努力に絶望し、しかしそれでも必死に、自分だけは天才だと、もっと努力さえ出来ればと言い聞かせているかのようなセルシオ。

 かつては重盾士志望であり身体も大柄だったセルシオは、今ではまるで別人のようだ。身長は低く、そしてなにより太っている。

 その変貌は、彼の自信の喪失とはどちらが先だったのだろうか。


「…………セルシオ、変わったな、キミは」


「黙れよ、落ちこぼれ」


 セルシオは冷酷に言うと、それまでとは笑顔の質をガラリと変えた。


「おい、ヴァイス」

「僕は今、無名と名乗っている。尊敬する師から頂いた名だ。それを死ぬまで名乗り抜けと厳命されている」

「……無名、なんでもいい。いいか、端的に言うぞ、そして一度しか言わない、よーく聞け」


 彼は次の瞬間、さっと腰からナイフを取り出すと、その刃を無名の首筋に押し当てた。


「死にたくなかったらそこから跳べ」


 脅迫。

 それを言う彼の表情は、歪んだ快楽に狂ってしまっていた。


「…………何を言っているんだ」


「ちっ」


 セルシオは舌打ちをし、短気に地団駄を踏む。


「一度しか言わないっつただろうが落ちこぼれ! このナイフが見えねえのか? これで喉掻っ切られたくなかったらその大釜に飛び込めって言ってんだよ! おまえは(、、、、)二度目だしお手のもんだろうが? あーん? さっさと跳べよ!」


「おまえ()……?」


「……なんだよ?」

「つまりセルシオ、おまえこれが初犯じゃないな? 何度目だ? 今まで何人をこの穴に落としてきた?」

「――――っ!?」


 図星だったらしい。

 セルシオはきっと、”あの一回”の体験で、狂ってしまったんだと思う。それで、堪え重なる日頃の鬱憤を晴らす為に――


「ブランククラスの奴らは、みんな出来損ないで馬鹿だ。だからちょっと脅せばどいつもこいつも簡単に跳ぶ。スカッとするぜ? こんなナイフに怯えて、その穴から落ちていくその瞬間の表情――。お前も一度やって見るといい。万が一、なんかの奇跡でもう一度穴から生還できた暁にはよ」


「……セルシオ、おまえ、そこまで落ちぶれたのか」


 怒りを通り越して、哀れになる。


「なんだその目! ヴァイスのくせに! ヴァイスの分際で! そんな目で俺を見るな! 俺を見るなあっつ!!」


 惨めさに堪えきれず、慌てふためき、叫び、彼は無名の首筋に「もういい直々に死ねっ!!」とナイフの刃を立てる。


 ヴォンン――!


 しかし刃が喉に届く瞬間、鈍い音と共に魔力の波紋が広がり、その刃を跳ね返す。その反射ダメージでセルシオの胸が大きく切り裂かれた。


「なっ――! は、反射魔法だと――!?」


 第五位階・星魔法【物理反射層オートパワーリフレクト】――一定値以下の物理ダメージを自動で跳ね返す。

 無名は常時、この魔法を自分の周囲に展開していた。


「反射魔法なんて高位階魔法をどうしてお前みたいな落ちこぼれが――!? ブランクなのに!」


 彼は混乱し、自暴自棄に今度は無名に蹴りを繰り出す。しかしそのダメージも跳ね返り、彼は大きく吹き飛んだ。


「うわっ――!?」


 そして、その吹き飛んだ先に、魔女の大釜がある。


「うわああああぁぁぁぁあああぁぁあああああっ!!!!!!!!」


 つい先ほどまで無名を落とそうとしていたその穴に、自ら真っ逆さまに、為す術もなく落ちていくセルシオ。

 情けない表情でこちらを見上げたまま、深い闇に飲み込まれていく。


 それを見届けて、無名は思った。


「…………全然スカッとしないな」

次話『底辺、全てを駆逐する』

夜に更新します


面白い、先が気になると少しでも思ってくれたならページ下部より評価をお願いします。更新モチベがめっちゃアップしますので


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