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2 過去、悪意の追放



 王立騎士学園――。

 それは台頭する魔王領域に抗すべく、人類連邦七王国が設立した騎士(ナイト)ギルドの養成機関である。

 国に生まれた子供は六歳になると騎士学園に入学させられる。そこでダンジョン探索や戦闘技術を学び、二十二才を目処に卒業。

 その後、才ある者は国を守るプロの騎士としての活動を開始する。



 ※※※※※プロ騎士活動の詳細※※※※※

 ①原則、五人一組によるパーティに所属する

 ②クエスト・依頼消化やリーグ戦勝利等、活動の成果によりGP(ギルドポイント)を得る

 ③取得GP量でギルドはパーティを格付け(ランキング)し、その順位表は国民全体に公開される

(国民のランキングへの注目度はかなりのもので、特にランキング上位のパーティの人気は凄まじく、公式リーグ戦や交流イベントには多くの人が駆けつける)

 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 プロ騎士は知名度と人気を兼ね揃えた職業だ。

 ラストスレイブは、リーグ戦や交流会に一切参加せず、あまつさえ一部の(、、、)メンバープロフィールすらも非公開にしているが、これは珍しい例である。

 普通のパーティは全力で実名・顔出しをし、その栄誉を享受する。


 アカデミーの生徒たちはそんな人気プロ騎士たちに憧れ、いつか自分もと切磋琢磨している。



 かつて無名も、学園の生徒だった。

 そして当時はまだ本名であるヴァイスを名乗っていた。


「おい、ヴァイス、お前は無能(ゴミ)すぎる。今すぐ俺のアカデミーから出て行け」

「え……? 出てけって、どういうことだよ」


 しかし入学しておよそ一年が経過した頃。

 ダンジョンにおける実地訓練にて、パーティメンバーであり、クラスメートでもあった魔法士志望の少年”レクザ”に突然そう告げられた。


「言葉の通りだ。お前、未だに最低位階魔法しか使えないだろ? はっきり言って才能ないよお前。迷惑なんだ、ゴミの存在は。だからさっさとここ(学園)から出ていけって言ってんだよ」


 クラスメートからの心ない言葉にヴァイス(無名)の心は大きく傷つく。

 通常、魔法士志望者が第二位階魔法まで習得するのにかかる期間は長くて半年。しかしもうすぐ一年が経とうという現在、同輩の魔法士たちの中で、未だどの属性の第二位階魔法も習得できていないのはヴァイスただ一人だった。

 たしかに、落ちこぼれと言われても仕方がないのかもしれない――。しかし、そんな彼にも自尊心はある。


「どうしてそんなこと言うんだ。それに『俺のアカデミー』ってなんだよ。レクザは――」

「おい、てめえ”くん”を付けろよこの能無しがっ!!」

「…………レクザ……くんは、アカデミーの一生徒に過ぎないだろ? 俺のアカデミーなんて言える筋合は――」

「バカか? 俺はこの学園一の天才で、学園の顔だ。父上もそう言っていたし間違いない。だからこの学園は俺のものだし、だからこそ俺はこの学園を代表してお前を迷惑に思っている。お前みたいな能無しのせいで、俺の学園の評判が落ちたらどうしてくれるんだ? 消えるべきだ、お前は」


 レクザはそれを本心から述べていた。

 嘘偽りなく、心から、世界が自分を中心にまわっていると思い込んでいる。

 たしかに彼は既に氷結属性魔法を第三位階まで習得している天才だ。しかも氷結は黒魔法の中でも強力な上位属性である。


「きゃーレクザ様かっこいー! さすがー! なかなか言えないわそんなこと! 格が違う!」

「ふん、当然だろ。俺クラスになるとな、これくらいのことサラッと言えちまう」

「痺れるうー!! 将来が有望すぎて眩しいいいー!!」


 もう一人のパーティメンバーである剣士志望の少女”アゼリア”は発情期の雄犬のようにレクザに身体の一部を擦りつける。

 それから無名に目線をやる。


「……………………はあー。それに比べて、そこのゴミ。……はーほんと、見るからにショボい。まじ将来性がゴミ。そういう臭いがプンプンする。くっさあー。はーコイツマジくっさあー」


 道ばたの人糞を見つけたように無名に向かって鼻を摘まむ。


「ほら、だからゴミ、さっさとそこに落ちろよ」


(落ちろ……?)


 ヴァイスが言われて後ろを振り向くと、そこには大きな穴がある。


「その穴はこの”ドルアーガの地下大空洞”が誇る自殺(、、)の名所――”魔女の大釜”だ。恐ろしいほど深く、故に落ちて帰ってきた者は一人もいないんだと。お前みたいな人生の落伍者どもの終着地点だ」


 レクザが一歩前に出て、穴の方へとヴァイスに圧をかける。


「おまえも人生の落伍者だろ? だから落ちろ(自死しろ)よ」


 そう言って、冷徹に笑う。


「たしかに、ヴァイスくんみたいな人は、そのまま穴に落ちてしまった方が幸せなのかもしれない」


 それまでやり取りを見守っていた三人目のパーティメンバー――弓士志望の小柄な少年”ベルファイア”が頷く。


「生きていてもきっと不毛な未来しか待ってない。死んだ方がマシな人生とは可哀想なことだが、現実だから受け入れないとね。もし勇気がないというなら手を貸すよ。押してやる。エリートとしてのせめてもの情けだ」

「ベルくん言い分があまりにもサイコパス過ぎて!! きゃはは! やっばあー、それマジ死ぬわー、落ちこぼれは惨めすぎて飛び降りちゃうわー」


「ったく、いいからさっさと落として先進もうぜえ? どうせヴァイスは生きてようが死んでようが誰も気にかけねえモブなんだしよ」


 最後のメンバー重盾士志望の”セルシオ”も短気に煽った。


「なっ――!?」


 死の穴に同級生を落とそうという提案に、誰一人として異を唱えないどころか催促すら始めているこのいびつな状況に、驚きを通り越して恐怖すら感じる。

 こいつらそれでも人間か……? 心は無いのか?


「ほら、落ちろよ」

「落ちろ落ちろー! 跳べ跳べー!! きゃははー!」

「生きていても辛いだけですよ、さっさと死ぬのがキミの為です」

「ゴミが、かまってちゃんしてんじゃねえぞ。さっさと死ね」


 ドンっ!!


 四人が、ほぼ同時にヴァイスを突き落とした。


 ヴァイスは、大穴”魔女の大釜”を真っ逆さまに落下する。

 そのまま、二度と帰ることはなかった。

 やがてアカデミーは彼が逃げ出したとして、不名誉除名に処した。



 しかし穴に落ちた無名はもちろん生きている。

 魔女の大釜の深い奥底で偶然にも世界最高魔法士の女に出会い助けられていた。その後、彼女に気に入られ弟子となる。そして彼女のパーティと行動を共にする。

 その魔女こそがレギンレイブであり、そのパーティこそがラストスレイブの前身だ。



 無名は結局、最低位より上の魔法は習得できなかった。彼には魔法を覚える才能が無かったのだ。

 しかし代わりに、血反吐を吐くほど修行して、一つの固有スキルを会得する。


 彼が獲得した固有スキルは”魔法錬成”――。

 それは複数の魔法を掛け合わせ、別の魔法に作り変えるスキルだ。


 彼はこのスキルを研究し、ありとあらゆる魔法が最低位階魔法のみで生み出せることを解明する。そしてその全てのレシピを調べ、頭にたたき込んだ。


 通常、他ジョブの魔法を使うことは不可能とされている。例外として、究極魔道士(アークウィザード)は全ジョブ全魔法を扱えるが、これは世界で一人しかいないユニークジョブであり、レギンレイブだけのものだ。

 しかし結果として、全魔法を作り出せるようになった無名は、事実上の究極魔道士と言えなくもない。



 無名はその力を認められ、レギンレイブのパーティに正式に迎えられる。

 そしてその後、パーティは約十年間にも渡る”伝説”を積み上げた。

 彼が最後に加入したことで、ラストスレイブは今の(、、)ラストスレイブとなったのだ。



 ※※※



 現在。

 無名はアカデミーの試験を合格し、編入手続きを全て終えると、人生の契機となったその大穴――”魔女の大釜”にやって来ていた。


「なつかしー」


 穴をのぞき込む。

 深い。あまりに深い。ここに落ちれば絶対死ぬというのも頷ける深さだ。

 ――が、しかし実のところ、この穴に落ちて”死ぬ”理由は落下とは別の所にある。


「おい、そんなところで何してる?」


 ふと背後から声をかけられた。

 無名は振り返る。

 そこに立っていたのは、なんと、かつてこの場所で無名を穴に突き落とした者の一人である、あの(、、)”セルシオ”だった。

一人目の凋落者。

次話はたぶん夜に更新します。


先が気になる、面白いと思ってくれたならページ下部より評価をしてくれると更新の励みになります。

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