1 無名、伝説を脱退す
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「僕、今日でこのパーティ脱けるわ」
かがり火を囲み、団らんしている皆にそれを告げると、それまでの笑顔が一瞬にして悲痛なものに変わる。
「「「えっ!!!!?」」」
「先輩、ラストスレイブやめちゃうんですかっ!? 嘘! 嘘ですよねそんなの!?」
「マジかよ……、俺はイヤだぜ、お前がいなくなるなんて」
「そうよ、いったいどうしたの? 考え直して欲しいな。むーくんがいなくなったら私寂しい」
事情をまだ話していなかった三人――暗闇銃士ベギレウス、弓士クロエ、そして聖光魔士オフイーリアが口々にこちらに詰め寄ってくる。
それらをリーダーの竜剣士クラウザが制止した。
「まあみんな落ち着け。ボクも一週間前に無名から”脱退願”を受け取った時には、今のキミたちとまったく同じ反応をしたものだ。だから気持ちは痛いほどわかるよ。しかし落ち着け。無名にも事情があるんだ。抜き差しならない事情がね」
「事情……? もしかして、師より繰り返し行なわれるセクハラとパワハラにとうとう嫌気が差したとかです?」
クロエが無名の師であり世界最高の魔法士でもある究極魔道士レギンレイブにジトリとした視線を向ける。
「フン、愚か者め。妾と坊やの間に為されていることは全部同意の上でのものじゃ」
レギンレイブは持ち前の可愛らしい声音で悪態をつく。
ちなみに彼女は年端もいかぬ可愛らしい少女の見た目と声をしているが、その実、何百年も生きている年齢不詳のババアである。
「本当ですかねえー? とてもそんな感じには見えませんでしたけど」
「ほお、ということはおぬし、その目で見たとな? 妾と弟子との夜間修練を盗み見していたというわけか。まったく好き者じゃのう」
「は、はあ!? 違いますよ! 見てません! 断じてあ、あああ、あんなのを、のぞき見てなんか……」
「……。面白いくらい狼狽えておるのう」
「――っ!? ちがっ――!? ……み、見てませんからね! せ、せせせ先輩、私なにも見てませんからあ!!」
「まあまあ、とりあえず僕の話を聞いてくれ」
脱線しまくっている二人を苦笑しながら制止し、無名は脱退理由の説明をはじめる。
「パーティを脱けるのは、実は妹の為なんだ」
「妹って、生き別れの妹さんのことですか? もうずっと離ればなれだけど、今では王国の伯爵家に養子にとられて、騎士アカデミーに通ってるっていう」
「そうだ。しかし先日、なんとこの悲観の指輪が砕けた」
魔道具ヴァリナウトトリングは粉々に砕けることで、大切な人の身になにか恐ろしい危険が迫っていると報せてくれる指輪だ。
「つまり近い将来、妹の身に何かとても良くないことが起こる。命に関わる重大な何かだ。だから決めた。その来たるべき危険から妹を守れるよう、今こそ彼女を近くで見守ろうと――。つまり、王立騎士学校に入学してこようと思う」
「えーっ!? 先輩、学生になるんですか!?」
クロエは口をぽかりと開ける。
「なんだよ、どういう顔なんだ、それ」
「……いえ、先輩があんな所で時間を無駄にするとか、それって国家レベルの損失だと思いまして……」
大げさかよ。無名は笑う。
「そりゃ十四歳にして既に数百年に一人の逸材とか言われてる才女のお前なら、もしかするとそうなのかもしれないけど」
「なに言ってんですか!」
クロエは腹を立てたように語気を強めて言う。
「先輩もそうですよ!」
――と。
「クロエはこう見えて、先輩のことすごく尊敬してるんです。先輩は、天才故に世界中の人間をあまねく見下してしまっているこのクロエすらも、尊敬させてしまうスゴい人ってことです! そうそういませんよそんな人!」
いっそ清々しいほどの逆理論で無名に太鼓判をくれるクロエ。
「そうね、むーくんのことは、クロエちゃんだけじゃなく、ここにいるみんながとても高く評価しているわ。だからこそ、ほんとは行かないで欲しいって言うのが、正直なところ」
「ああ、そうだ。お前の代わりなんて一生見つけれる気がしねえ。明日からお前の顔が見られなくなると思うと……ちっ、くそが、俺としたことが……」
「ふふ、このハンカチを使えよベギ。……まあそういうことだ。キミの脱退はラストスレイブにとっての大いなる損失だ。そしてもちろん、ボク個人としても」
オフィーリアとベギレウス、クラウザの三人も、無名の実力をたたえる。
ベギレウスは完全に男泣きしてるし、他の二人も涙をこらえているのがわかる。
「みんな……」
この取り残された妄信者は、現在、世界ランク一位の座を十年間も死守し続けているという、前代未聞の超有名パーティだ。界隈ではもはや伝説とまでされている。
そしてそのメンバーのみんなは、それぞれが各分野における世界最強の一角でもある。
そんな彼らにこんなにも高く評価してもらえていたというのは、元々幼少期に落ちこぼれと言われていた無名にとっては喜ばしいことだった。
「しかし俺たちはお前を誰よりも評価しているからこそ、お前の意思を何よりも尊重する。だからもう何も言わねえ。むしろ全力で背中を押す! 行って妹さんを守ってやるといい。どんな危険がやって来ようと、お前ならそれが出来る。俺たちが保証する」
ベギレウスの後に、頷いてクラウザも続ける。
「うん、あとこれも忘れないでくれ。もし今後なにか困った時は、迷わずボクらを頼って欲しい。全力でキミの力になるよ。そしてもちろん、全てが終わったら遠慮せず帰ってきてくれていい。ボクたちはずっとキミを待っている」
「そうね、ここはむーくんの第二のお家なんだから。むーくんのことはずっと弟みたいに想ってた。お姉ちゃん、……ずっと待ってるわ」
最後にオフィーリアからもあたたかい言葉が。少し涙ぐみそうになる。
「クロエはそれでも認めませんから! 先輩行かないでくださいよう……ぅう」
普段は気丈なクロエも、次第にその目から大粒の涙をこぼしだす。
「泣くなよ、僕だって我慢してんだから」
「な、泣いてませんし! ふ、ふんだ……ふんだ……」
無名はクロエの頭を撫でて、最後にマスターレギンレイブに慇懃に頭を下げる。
「マスター、これまでお世話になりました。六歳の時、マスターに命を救ってもらったこと、そしてここまで育ててくれたこと、共に過ごした十二年間の全てを、一生涯忘れはしません」
「…………寂しいのじゃ。妾も一緒に行こうかな……?」
ボソリと呟くレギンレイブ。
「ダメですよ! それはさすがに! 世界最高魔法士がなに言っちゃってんですか! それはマジで国が動きます!」
世界一のラストスレイブは、国を揺るがすほどの超重要クエストや超難易度のダンジョン攻略等、国家レベルの重要案件も多く取り扱う。王直々の依頼をこなすことも珍しくない。
その中でも情報非公開にしている無名ならばともかく、レギンレイブは人類最強の矛のうちの一つ。国として、彼女を遊ばせておくはずはない。
「むう……」
ガチの駄目出しにレギンレイブは少し落ち込む。
年甲斐もなく、時折子供っぽい一面を見せるその世界最高の魔法士は、やがて師の顔を無理矢理に作りあげて言う。
「暇な時は遊びに行く。……その時は全力でもてなせよ、坊や」
師は涙をこらえていた。
無名もそうだ。
涙をこらえてパーティを去る。
本当に、みんなには世話になった。返しても返しきれぬほどの恩義。
しかしもう決めたことだ。
無名は妹の為にアカデミーに戻る。
かつて無能と蔑まれ、かつて追い出された、あの場所に。
次は朝に更新します。
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