怒りました
避けても避けても次々に繰り出される一撃。統率者による指揮と手下の連携スキルも相まって一瞬たりとも気が抜けない。子供達を守る為にも逃げるという選択肢はとれなーーッ!
脚を一本取られたか…機動力は…まだ大丈夫。
…あと何分だ?
【1分をきりました!】
よし、いけ――グッ!?
脇腹も食われた…
これは…少しまずいな…
「クゥルウウオオ!!」
統率者が一際甲高い鳴き声を発する。
それを皮切りに攻撃の激しさが増す。
一気に形勢が不利になり、
ダメージがダメージを呼ぶ悪循環に陥る。
【あと22秒です!マスター耐えてください!】
了か――ガッ!?
まずい、捕まった!!
ミシミシ…バキィィ!!
アッ…グ…もう少し…あと少し耐えてくれ…
「「「「ママーをいじめるなぁぁあ!」」」」
その時、
鳥の死体から飛び出てこちらに向かってくる子供達。
小さな羽を必死で羽ばたかせる姿に可愛さを感じるが、すぐに我に帰る。
「だ、駄目…皆、来ちゃダメ!」
「「「うおおおおおおお!」」」
世界が、時間が、ゆったりと流れ、その色を失った。
向けられた触角が触れる前に、
横から飛んできた統率者に啄まれる。
グシャっと音が鳴り中身が溢れた。
上に放り投げゴクリと飲み込まれる。
「……あ?…え?」
それをきっかけに他の鳥も子供達を捕食し始めた。
視界には地獄が写り、耳には阿鼻叫喚が響く。
本能が理解することを放棄した。
理性は辛うじてここからの打開策を探していた。
感情は空蝉の様に何も感じなかった。
ただ魂だけが…
何で…子供達が食べられているの?
何で…私が子供達に守られているの?
何で…私はこの光景を只眺めているだけなの?
何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?何で?
湧いては消えて、消えては湧いて、
巡る疑問符に押し潰される。
際限なく続く自問。
止むことのない自責。
果てしない自戒。
行き場のない激情は一つの答えへと辿り着く。
…憎い。
あの鳥どもが…憎い。
何も出来ない私が…憎い。
あの子たちを守ってあげられない私の力の無さが…
憎い‼︎
〈力が欲しいか?〉
突如、魂に語りかける声。
その声音は、怒っているようにも、
笑っているようにも、泣いているようにも聞こえる。
私は答える。
「…欲しい」
振り絞るように、本能が唸る。
〈自らを滅ぼす程の力でもか?〉
「…勿論」
絞り出すように、理性が呟く。
〈怒っているか?〉
「…ええ」
奮い起こすように、感情が囁く。
〈子供の為に世界を敵に回す覚悟はあるか?〉
…望む所よ。
私は答えた。
混沌とした意識が明瞭になっていく。
覚醒していくなか、私はこれまでに感じたことの無いほどの《怒り》を覚えた。
【マスター!SPが溜まりました!『生』を獲得しまーー
っ!?す、既に使われている!?
憤怒…?与えられた知識に存在しないスキル…】
アア、キブンガワルイ
ヨクモワタシノカワイイコドモタチヲクッテクレタナ
ズイブントタノシソウダッタナ
オマエラゼンインオナジメニアワセテヤル
「ヤミマトイ」
刹那、抑えられていた闇が体から弾ける。
そのまま広がりたがる闇を上から押さえ、
自らに纏わせる。
「ヤミブソウ」
纏っていた闇を針状にして四方に飛ばす。
私を拘束していた鳥は心臓を貫かれ、そのまま墜ちた。
異変を察知し駆けつけた鳥には矢を放ち脳天を狙い撃つ。
隊列を組み向かってきた二匹には鉄槌を下す。
「あトは…お前ダケだ」
「グルァ…」
残された統率者の心は恐怖で塗り潰されていた。
自分達のエサでしかなかった筈の存在に一瞬で仲間を殺された。
これ程までに圧倒的な力の差を埋めるナニカを自分は持ち合わせていないと悟ってしまった。だが…
「グ…グルゥァア!!」
だがそれでも、仲間を殺された事に対しての怒りだけは消えていない。
覆しようのない運命でも、変えようのない未来でも、尚抗うという勇気を!
自分の持つ全ての死を纏い、敵の元に飛ぶ!
「死ネ」
しかし…現実は無情だった。
抵抗虚しく、強者は弱者を蹂躙する。
その想いも、魂も、全ては無意味なのだと諭すように。
闇は1匹の竜となり、荒れ狂うように唸りながら最後の敵を喰らい、蝕む。中から聞こえるくぐもった悲鳴に、心は少しも揺れ動かなかった。
「…終わった…」
私の心を支配していた怒りが嘘のように無くなる。
闇が私の中に戻り、どっと疲労感が押し寄せる。
高度を維持することすら出来ず、そのまま墜ちてしまった。
「マ…マー?」
声が聞こえた瞬間、疲労で泥のように重い体に鞭打ち、
すぐさま声のした方に飛び寄る。
そこには下半身が無い無残な子供が横たわっていた…
「ママー…私達、頑張ったよ?偉い?」
グッとこみ上げるものを無理矢理押さえつけ、
不安にさせない為に笑顔で言葉を返す。
「うん…偉い!流石は私の自慢の子供達よ!」
「えへへ…ママー…大好き!」
私も、と言う前に触角が力なく垂れた。
全てが終わったのだと確信した私は、
その子を抱いて、言葉なく慟哭した。