凧
寒い冬の朝、直吉は勢いよく自家を飛び出した。
直吉の通う学校は昨日までが冬休みで、今日が今年初めての登校日だった。
長い休みが明け、これから毎日寒い中、学校へ行くのは厭だったが、それよりも冬休みの間会う事の出来なかった友達と再会出来るのが何よりも嬉しかった。
現在の小学校はどうであるかは知らないが、少し昔の時代では長期の休みが明けると児童達は登校はするが一週間程は授業という授業も行われなかった。
教師もやる気がなくダラダラと宿題の回収と大量のプリントの配布を行い、直吉達はその配られたプリントを使い紙飛行機を飛ばしてよく遊んだ。
そんな時代だった。
直吉の通っている学校の一年生には他の学校にはない特別な行事があった。
凧あげである。
これは毎年行われる恒例行事で冬休みが明け登校した一年生には一人々々に凧の材料が与えられ、各々が設計図を見ながら作る。
今年も例年通り材料が配られ、直吉達は我先にと凧を作り始めた。
教室は一年生の教室とは思えない程静まりかえった。
後年、この一年生に凧を作らせる行事は児童を大人しくさせる為の教師たちの策略だった事に気がついた。確かに小学一年生の児童が何もせずに大人しく座って居る事は不可能に近いわけで、あらかじめ遊び道具を与えて大人しくさせ、その間に宿題回収やプリント配布を行うのは両者にとって利益であり賢い方法だと後に思った。
子供というのは己の力の限界を知らないために何事においても競争心を持ち、どんなに些細な事においても一番にならなければ気が済まない。
直吉もその中の一人だった。
直吉は我武者羅に作った。
形なんてどうでもいい。
飛べさえすればそれでいい。
とにかく同級生には負けたくない!。
「できた!」
そう云うと直吉は我先にと校庭に駆け出した。
校庭は直吉一人しか居らず直吉は校庭が自分の所有物になったかのような不思議な征服感に満たされた。
凧の直ぐ近くの糸を右手で持ち、左手には糸巻きを握り締めて校庭を全力で走り廻った。
凧は却々上がらなかったが、一度風に乗ると見る見るうちに上空へと昇って行った。
そうこうしているうちに同級生たちもちらほらと凧を上げ始め、十分後には校庭の空は一年生達の作った凧だらけになった。
男子達はどこまで高く凧を上げる事が出来るか競い始めた。
勿論直吉も参加した。
凧達が一円玉の大きさ程になった頃、突然強風が吹いた。
一瞬、凧達は風に煽られたが、その後は何事もなかったかのように悠々と飛び続けた。
しかし、一寸すると一つの凧が怪しい挙動を始めた。
まるで魚が泳いでいるように不規則に暴れ出した。
その暴れ凧は直吉の物だった。
凧は四方に等しい長さの糸がつけられその四本の糸が中央で一つの糸に繋がれていたが、どうやら四か所の内の一か所の糸が外れてしまったようだった。
直吉は競争などどうでもよくなり、せめて壊さないように下ろそうと全力で糸を手繰り寄せた。
糸巻きに巻いている暇はないので、乱暴に手繰り寄せた糸は直吉の足元に乱雑に積みあがった。
その様子は傍から見るとまるで大物を必死に釣り上げる漁師のようだった。
見る見るうちに直吉の凧は下の方へと降りて来た。
直吉がここまで来れば大丈夫だろうと思った次の瞬間、直吉の暴れ凧が他の凧と交差した。
交差した二つの凧は複雑に絡み合い風を上手く捕らえられなくなり、あっという間に地面へと激突した。
二人の凧はぐちゃぐちゃになった。
骨組みの木は折れて再び飛ばす事が出来ないのは一目でわかった。
直吉が呆然としていると、近くで直吉に凧をぶつけられた女の子が泣き出した。
その泣声を聴いていると何故か直吉も涙が溢れるのだった。
二人の泣いて居るのに気づき担任の教師が教室から出て来た。
直吉は女の子に謝った。
女の子もまた直吉に謝った。
直吉は自分がいい加減に凧を作った事で相手の凧を壊してしまった事が分っていたので謝られた事によって罪悪感に押しつぶされそうになった。
今まで生きてきた中で初めて感じた罪の感情で幼い直吉には堪えがたい苦痛だった。
「これは切らないと駄目かもしれないね」
滅茶苦茶に絡んだ糸を見て教師は云った。
直吉にとっては凧など既にどうでもよかった。
二人は校舎と校庭の境にある二十センチほどの段差に腰かけ皆が楽しそうに凧を上げているのを眺めるより他なかった。
直吉は女の子に自分に過失がある事を伝えたが、女の子からは私も下手糞だったからとまた謝られてしまった。
女の子は直吉が気を使ってそのような事を云っているのだろうと思った。
自らの過失を伝えても尚謝る相手によって、直吉は罪の気持を解消する總ての術をなくしてしまった。
その出来事があってから直吉は無駄な競争をしなくなり、自らの落ち度によって他人が傷つく可能性を常に考え行動するようになった。
十数年経った今となっては些細な出来事であると思えるが、當時家と學校だけの鎖された社会の中でそれが總てだった直吉にとっては大事件であり、解消されずに残った罪の気持は今でも忘れる事なく、不図、思い出すと深い罪悪感に襲われるのだった。




