第八話:転生王子の塩づくり
海にたどり着いた俺はさっそく塩づくりを始めるべく動きだした。
崖から下りると綺麗な砂浜がある。
「ねえ、何か手伝うことがあるかしら?」
「ヒバナに手伝ってもらうのはもう少し後だ」「そう、なら魚でも取りながら待っているわ。お腹空いちゃった」
そう言うなり、下着姿になって海に飛び込んだ。キナル公国は海が近かったことを思い出す。さっそく大物を仕留めたようで、水面から顔を出し手を振っている。
うまそうだ。海の魚なんていつ以来だろう?
「気持ちいいわよ。ヒーロも泳いだら?」
「やることをやったらな」
ヒバナと海を楽しみたいが、ぐっとこらえて塩づくりを始める。
まずは、その砂を錬金魔術で操作し、巨大なプールを作る。
プールの四方、それを砂を溶かしてガラス化することで水を貯められるようにした。
「このプールに水を貯めるのね。こんな大きなプール、普通に作ろうとしたらそれだけで何週間もかかりそう」
獲物をもって陸に上がったヒバナが、プールを見て驚いている。
……目を逸らす。彼女は下着姿を見せることが恥ずかしくないのだろうか。
「まだまだ驚くのはこれからだ」
そんな動揺を隠して、いつも通りに振舞う。
プールさえできれば、あとは海水を引き込んで蒸発させれば塩が残る。
水を引くのは大変そうに見えるが、それもやり方しだいで一気に楽にできる。
途中で倒し、大事に取って置いた魔物の腸を材料にでかいホースを作った。
それを使い、初歩的な科学の原理を有効活用して、海水をプールに引き込む。
ホースがあれば、サイフォンの原理で少ない労力で水をプールに移せるのだ。
小学生でもバケツとホースで実験したことがあるだろう。
バケツからバケツへ水を移すとき、水位差さえあれば、山なりのホースでも水が流れ続けるというあれだ。
それを魔力を使い加速させる。
プール一杯に海水が満ちていく。
そして、プールが海水で満ちると、普通は天日で数日かけて水分を蒸発させるのだが、面倒なので錬金魔術を使うことで、一気に蒸発させる。
がっつり魔力が持っていかれるが気にしない。
一分もしないうちに、プールの底には白い結晶が輝いていた。
ホースに仕掛けをしてゴミを吸い上げないようにしたおかげで、不純物は少ない。
いい塩だ。あとでヒバナが獲ってくれた魚にかけて食べよう。
「本当に塩ができたのね。って、なんでせっかく塩ができたのに、また、海水をぶち込んでるの!?」
ヒバナの言う通り、せっかく塩がプールの底に残っているのに、塩を回収せずに再び海水を引き入れる。
「いや、こんな少量の塩、いちいち拾い集めてられないだろ。回収するのはもっと塩が溜まってからでいい。まとめてやったほうが効率的だ」
海水の塩はせいぜい4%程度。
一回、プールいっぱいに注いだぐらいじゃ取れる塩はたかが知れている。
だから、水分を蒸発させてスペースを確保すれば、さらに海水を足して、蒸発させて、塩の量をどんどん増やしていく。
四回、五回と繰り返していくうちに残る塩の量が増えていく。
さすがにきついな。
汗が流れ始めるし、魔力を一気に喪失したことで寒気がする。
俺の魔力量は、膨大だが、それでもこの規模の魔術を繰り返すと堪える。
「悪いな、ヒバナ」
ヒバナが汗を拭いてくれ、口元に水が入ったコップを差し出してくれる。
少し楽になった。
「無理はしないで、辛くなったら休みなさい」
「いや、大丈夫だ。そろそろ終わりが見えてきた」
プールの三分の一は塩になった。
これ以上は逆に塩を回収しないと効率が落ちる。
「袋詰めを手伝ってくれ。この袋も錬金魔術で作ったやつでな、びっくりするほど伸びるぞ」
コンドームサイズだが、三十リットルは入る。しかもなかなか破れない。
スペースを取らずに大量に収納できるので重宝する。
塩を持ち帰るためにもってきたものだ。
「ねえ、塩ってこんなに簡単に作れるものなの?」
「錬金魔術は便利なんだ。手作業で、やるなら一週間はかかるな」
水を汲み、海水を蒸発させるだけでも数日かかる。
「反則もいいところね。……錬金魔術もそうだけど、あなたの魔力量。瞬間放出量は私とそれほど変わらないけど、どれだけ総量があるの? 見ていて、驚きを通り越して呆れたわ。どんな特訓をすればそうなるの?」
「この魔力量は生まれつきだ」
どういうわけか、生まれつきの魔力量は異常なまでに多かった。
俺に発現した魔法、【回答者】は魔力を注ぐほど、情報の量と質はあがる。
あれを全開で使えるのは俺ぐらいだろう。
あれのいうAランク情報は、俺の全魔力を注いでようやく届く。
【回答者】と膨大な魔力量。その両方を得たことは奇跡だ。
「羨ましいわね。塩を詰めるのも魔法でちゃっちゃとやれないかしら?」
「帰りに魔の森を抜けることも考えると厳しいな。すまないが、手作業でできることは手作業だ」
目標量の塩を作るために、あと数回、この作業をしないといけないことを考えると、ぎりぎりなのだ。
「わかったわ。これも修業ね。これだけの重量を担いで森を抜けるのはいい鍛錬になるわ。そういえば、どこかの国の王子は修業っていいながら、農民に交じって、開拓をしていたらしいわ」
「変わり者もいたものだ」
それはどう聞いても俺だ。
ヒバナにはそんなところを見せたことはない、そんな噂が流れているのはこそばゆい。
「それを聞いて、少しいいなって思ったの。まさか、私にそれができるなんてね。体を鍛えながらみんなを助けられるなんて最高よ」
「そっか、少し照れくさいが嬉しいよ。ヒバナは英雄だ」
「私はただのお手伝いよ」
「それは違う。俺は今まで、ここに海があることは知っていた。塩を作れることもわかっていた。なのに、何もできなかったんだ」
大錬金術師の遺産で海の場所を知り、【回答者】と能力と錬金術を収めるときに得た力で、塩を作れることもわかっていた。
塩を作るのは、何年も前から俺が願っていたこと。なのに、今になっていた。
「一人じゃ魔の森を越えるのは無理で諦めるしかなかったんだ。でも、ヒバナが来てくれたから、塩をみんなのところへ届けられる。……だから、ありがとう」
「照れるわね。でも、とってもいい気分。私こそありがとう。あなたの騎士になって良かったわ。本当に、この国を救うことができるんだから」
お互いに笑い合い、握手をする。
さあ、あと少しでみんなのところへ塩を届けられる。
もうひと頑張りしよう。
◇
塩づくりと袋詰めが終わって、俺たちは魔の森を抜けて帰還した。
そのころには完全に深夜になっている。
夜の森は、たとえ魔物がでなくても非常に危険だ。
魔眼で暗闇を苦にしない俺と、視覚に頼らず周囲が視えるヒバナじゃなければ、砂浜で一晩過ごすことを選択していただろう。
「帰りはほとんど魔物に遭わなかったわね」
「帰りは道具を使ったからな」
瓶詰された香水を出す。
帰路ではそれを定期的に撒いていた。
そのことはヒバナも気付いていただろうが、それが魔物除けとは思っていなかっただろう。
「その香水、お洒落で使っていたわけじゃなかったのね」
「魔物が嫌がる匂いなんだ。実験中の代物で、効果があるかは半信半疑だったが効果はあるようだ」
「それ、行きで使っていれば、もっと楽だったんじゃないの?」
「今回の目的はどんな魔物をいるか調べることもあるからな。初めから使ったら、そっちの目的が果たせない。帰りもできれば使いたくはなかったけど、この荷物と疲れじゃ、危険すぎるんだ」
この香水は効く魔物と効かない魔物がはっきり分かれる。
匂いを嫌がらない魔物や、そもそも嗅覚がない魔物がいるのだ。
ヒバナがいなくてもこれがあれば魔の森を抜けられる可能性はあったが、効かない魔物が大量繁殖していれば危険であり、ためらわれていた。
しかし、今回確認できた十一種のうち、効かないのは三種。
それも数が少ない種のようだ。
それがわかったのも大きな収穫。この香水のテストも、実は今回の目的に含まれている。
なにせ、これから塩を安定供給するには俺たち以外が魔の森を抜けて、海にたどり着かないといけない。こういった魔物避けでもない限り、それは一般兵には不可能だ。
毎回、毎回、塩を作るために俺が出向くことになれば、それ以外の仕事ができなくなってしまうので、魔物除けは絶対に必要だ。
「そうだったのね。あれ、バリケードの周辺が明るいわね」
「まあ、王子が魔の森に突っ込んで、こんな遅くまで戻ってこないとなれば騒ぎになるだろう。入るところ、ばっちりタクム兄さんにも見られたし」
「……もしかして、止めなかった私も怒られたりする?」
「たぶんな。だけど、そんなことは塩の功績で吹き飛ばす」
俺たちが姿を見せると兵士たちが血相を変えて駆け寄ってくる。
心配したという、彼らに謝る。
その後、俺はヒバナと共に運んできた塩を見せると彼らの顔色が変わった。
この国にいるものなら、自国で塩を手に入れられることがどれだけの意味を持つかなんて知っている。
「悪いが、タクム兄さんとアガタ兄さんに伝えてくれ。ヒーロが塩を手に入れたと」
それだけ言えば十分だろう。
こんな時間でも、すぐに兄さんたちは会議を開こうとする。
この国を救おうと本気の人間が、明日まで待つはずがない。
少々疲れているが、早ければ早いほどいいので大歓迎だ。
俺もまた、今すぐにでも動きたいと思っている側の人間だから。