第十二話:転生王子は観戦する
相手の代表は騎士らしい騎士だ。
背が高く、筋骨隆々。それでいて高潔さを感じさせる男。
歳の頃は三十半ば、肉体のピークと技術の円熟が重なる、まさに騎士としての絶頂と言えるだろう。
騎士の国で育つ騎士は強い。
最強の騎士を目指す者たちが一同に集い、切磋琢磨する環境があるからだ。
そして、他国に騎士を貸し出す傭兵業を生業にしているため、実戦経験も豊富。
その頂点にいる一人。厳しい戦いになるだろう。
「質問がある。グリニッジ王国代表が騎士の国の黄金騎士であることに文句はない。……だが、騎士の国は此度の決闘で立ち会いを務めている。身内の戦いで公平な審判をくだせるかは疑問が残る」
騎士の国代表の老騎士は俺の言葉を聞いて、こくりと頷く。
「たしかに、言わんとすることはもっともである。ただ、彼、【神速】のマルコ・ファナスルトはすでに我が国の騎士ではないのだ」
「グリニッジ王国に亡命したとでも?」
「いかにも、マルコ・ファナスルトは紛れもなくグリニッジ王国の騎士、故に我らが立ち会いで肩入れすることはありえんよ。それに、もと騎士の国の出身者はそちらにもいるであろう」
彼はヒバナに視線を送る。
ヒバナはそれなりに有名人のようだ。ヒバナの才能が向こうでも認められていたのだろう。
「公正な立ち会いであれば文句を言う気はないさ」
俺はそう言いつつ、ヒバナとバルムートにだけ聞こえるように指示を出す。
『ヒバナ、バルムート、最大限の警戒を』
マルコ・ファナスルトがグリニッジ王国に行くというのは異常すぎる。
騎士の国の象徴たる黄金騎士、それも最強の三人、その一角。
それ以上に、聖剣まで持ち出したことがおかしい。
教会から賜った、唯一無二の宝。あれはマルコ・ファナスルトの所有物ではなく、代々最強の騎士に受け継がれてきたものだと聞いている。
確実に、騎士の国とグリニッジ王国は繋がっている。
「心配すんな。不利な判定はあるかもしれねえ。だがよ、不利な判定ぐらいでひっくり返るような、ぎりぎりの勝負にはしねえよ」
タクム兄さんが俺の肩を叩いて、前にでる。
それに応えるように【神速】のマルコ・ファナスルトも前に出た。
「ふむ、このような辺境に主のような男がいるとはのう。退屈せずに済みそうじゃ」
二人の大男、それも限界まで鍛え上げ、無駄を削ぎ落とした戦闘に特化した肉体を持つ者同士が向かいあう。
ともに達人の風格。
こうして、離れて見ているだけで鳥肌がたつ。
この決闘のルールは至ってシンプル。
どちらかが死ぬか、リタイヤする、あるいはこれ以上の戦闘は無理だと立会人が判断した場合。
立会人が肩入れできるのは最後の項目だけ。
まだ戦える傷であろうと、その権限でやめろと言える。
……逆に言えば、傷を負わなければ贔屓のされようがない。
『勝てると確信している連中ばかりだ』
グリニッジ王国側は誰一人、【神速】のマルコ・ファナスルトの勝利を疑っていない。
それほどまでに黄金騎士というのは圧倒的であり、聖剣は桁違い。
聖剣は羽のように軽く、鉄の剣すら切り裂く。
軽いということは速いということ。
剣すら切り裂くということは、相手は受けることすら許されないことを意味する。
その二つがどれだけのアドバンテージかは言うまでもない。
「なあ、ヒーロ。おまえの剣、聖剣に負けねえって信じていいんだよな」
「当然だ」
聖剣の正体はすでに知っている。
教会が隠匿した錬金術師たちが作った剣に過ぎない。
そして俺の錬金術はその先に進んでいる。
剣の性能で負けるはずがない。
「では、双方。準備はいいな」
立ち会いの老騎士が最後の確認をして、二人の最強騎士が頷いた。
そして……。
「決闘開始!」
戦いの火蓋が切られた。
◇
二人が同時に中央に向かって走る。
お互い、待ちは選ばずに攻めを選んだ。
何も考えず、己が振るえる最速の剣をぶつけ合う。
轟音、そして鍔迫り合い。
グリニッジ王国、そして騎士の国の面々が目を見開く。
「ありえない」
敵側の誰かが、そう声をもらした。
彼らにとって【神速】と呼ばれる黄金騎士、マルコの剣と互角の速さでタクム兄さんが剣を振るったことも、聖剣とぶつけて欠けることがないタクム兄さんの剣も信じられないものだ。
二人の騎士は獰猛な顔でにらみ合い、さらに力を込めると、お互いが弾かれ再び距離ができる。
第一閃は互角。
『タクム兄さんはわざと剣同士がぶつかるような展開にしたな』
ここから先、剣が斬られないと信じるために。
「よいよい、心技体、すべてそろっておるのう。そして、剣もいい。久々に負けるかもしれない。そう思ってしまったわい」
「はっ、そうかよ。忠告してやる。本気で来い。じゃなきゃ、すぐに終わるぜ」
タクム兄さんがそう言うと、マルコの二の腕から血が出た。
……いったい、何をしたんだ。俺には見えなかった。
「ははは、私の技が盗まれてしまいましたな」
バルムートが笑っている。
……そう言えば、タクム兄さんはことあるごとにバルムートと試合をしてたな。バルムートが世界を旅しながら得た技をいろいろと修めているのだろう。
「俺から行くぜ」
タクム兄さんが突っ込み、剣を振るう。対するマルコはまるで流水のようになめらかな動きで、剣を絡めて受け流していく。
バルムートと比較しても、同等かそれ以上の美技。
タクム兄さんは強力な斬撃の力を利用されて、ぶざまに体勢を崩す……そう見えた。
しかし、剣は流れない。ぴたっと止まる。動揺からかマルコが硬直し、次の瞬間には強烈な蹴りを腹部に喰らってぶっとんだ。
彼が受け身をとって立ち上がろうとする際には、もうタクム兄さんが追いついて剣を振り下ろしている。
受け流すなんて出来ないタイミングと角度、重い一撃をただ剣を盾にして受けたマルコの腕にヒビが入る音がここまで聞こえた。
それでも、負荷を利き腕でない左に集めて、利き腕を残したのは見事。
タクム兄さんがさらなる追撃を加えようとすると、なにかしらの魔術を使ったのか、突風が吹き荒れてタクム兄さんの体が押される。
その僅かな時間にマルコは距離をとった。
バルムートの笑みが深まる。
解説してくれるらしい。
「あれをされると、柔剣の使い手はぎょっとしてしまうでしょうな」
「受け流されなかったあれか」
「はいっ、あれはインパクトの直前に勢いを殺しつつ手打ちにして重心を後ろに残す技術ですな。すると、流れずにそこに剣が置かれてしまう。流そうとしていた受け手は、ぎょっとする。そこに予想外の蹴りがくる。二重の不意打ちであのざまというわけですな」
「そんな簡単なことで、あれだけの使い手が?」
「簡単? とんでもない。あれだけの使い手を騙すのは不可能。本物の一撃でなければ受け流しなんて選ばない。そんな本物の一撃を刹那のタイミングで止めるなど常人にはできませぬ。超反射神経と、超筋力、それ以上に相手の受け流しを即座に見抜く洞察力と観察力が必要なのですから」
タクム兄さんは、その恵まれた身体能力を活かした豪剣の使い手。
その豪剣使いが、柔剣使いの受けの基本。相手の力を利用する受け流しを封じる。
それはあまりにも理不尽だ。
それから、二度三度剣をぶつけ合う。今の所互角……いや、わずかにタクム兄さんが押している。
「案外、黄金騎士ってのも大したことねえな」
「そう言われても仕方がない無様をさらしてしまったのう。こいつは困った。怒られてしまう。そろそろ本気を出しておこうかの。【円舞殺】」
マルコが消えた。
そうとしか見えない。
爆音が何度も聞こえて、大地が穿たれる。
あれは、攻撃じゃなくただのステップ跡。
速い。
人間に出せる速さじゃない。何かしら仕掛けがある。俺の【回答者】のような特殊な魔法、あるいは錬金術の発明品。
速いということは厄介だ。
見えなければ反応できず、死角に潜られることも防げない。
そして、速いということは強いということだ。
速さと運動エネルギーは比例する。
あんな速度で突かれてしまえば、即死すらありえる。
「【円舞殺】か。はっ、くだらねえ。それだけはやけりゃ、速攻で斬りかかるべきだったぜ。もう、俺はてめえの速さを知っちまった」
マルコの狙いはわかる。
こうやって、タクム兄さんを囲むように死角から死角へとステップをし、相手を消耗させ、集中力が途切れたタイミングで飛び込み、確実に殺す。
理にかなっているように見えて、実際は悪手。
その速度があることを敵が知らないという最強の手札を捨てているに等しい。
理想は、その速度があると相手が気付いた瞬間には、相手が死んでいること。
確実な隙を作ろうなんて、そういう考え自体が無駄なのだ。
マルコは強すぎ、こんな悪手でも勝ててしまっていたからこそ、この【円舞殺】というただの悪手を必殺技と勘違いしたのだろう。
ある意味、哀れな男だ。
そして、残念なことに、その速さはタクム兄さんには通じない。
俺がタクム兄さんに渡したのは魔剣だけじゃない。
ヒバナが愛用している体内電流を操る防具も身につけている。
あれをタクム兄さんの要望でチューンしている。タクム兄さんの要望は、より脳のクロックアップに重点を置くこと。
その力をタクム兄さんが使った。
クロックアップによって、タクム兄さんは世界がゆっくりと流れるように見えているはずだ。
タクム兄さんは強い。力も技も、だがバルムートとヒバナはタクム兄さんの真価はそこではないと口を揃えていっている。
観察力と洞察力、それらを駆使した先読み。それこそがタクム兄さんの真価。
かつてのヒバナとの決闘を思い出す。タクム兄さんは何も特別な武器や道具を使わず、俺の装備で加速したヒバナを迎撃した。
もはや、神眼。
そんな、神眼がさらに強化されている。
ともなれば、神速に追いつくことなど造作もない。
タクム兄さんが笑った。
そして、次の瞬間。
甲高い音が響き渡り、タクム兄さんの鞘が吹き飛び、派手にマルコがこけて交通事故のように吹き飛ぶ。
「それだけ速いと、ろくに方向転換もできねえだろ。動きが制限されてわかりやすいぜ」
「あっ、がっ、ばかな、死角、からの、一撃、神速がみえるわけ」
マルコは起き上がれず、額が割れて血が流れている。
そして、タクム兄さんは無傷。
俺たちには何が起こったか見えていないが、状況から推察ができる。
ついにマルコが死角から突進突きを見舞おうとした。
しかし、タクム兄さんはそれを先読みし、突進突きの射線に鞘を投げた。
理由は二つ。
一つ、神速からの突進突きは回避が難しく、その運動エネルギーゆえに受ければただでは済まない。
二つ、神速でまっすぐ突っ込んでくるからこそ方向転換は極めて難しく、マルコ側も回避が極めて難しい。単純な投擲で十分あたるし、マルコの神速が勝手に威力を増してくれる。
カウンターで鞘を投げるというのは、後から考えれば最適解だが、それを一瞬で考え、実行するタクム兄さんの強さは底がしれない。
「降参をしろ。もう戦えんだろ。まだやるなら、殺す」
タクム兄さんは温情をかけている。
温情をかけているが油断はない。構えと呼吸に一切の乱れがないのだ。
ある程度戦えるものが見ればわかる。
不審な動きを何一つ見逃さず、そういった動きをすれば即座に斬ることを。
「……わかった。お手上げだのう。降参だ」
そして、マルコは両手を上げた。
これでこの戦争は終わる。
決闘には勝ったのだ。
だが、油断はできない。
この結果をすんなりとグリニッジ王国が受け入れるとは限らないのだ。
タクム兄さんは役割を果たした。ここからは俺の仕事だ。