第十一話:転生王子は決戦に赴く
戦争の終わりが見えた。
最後は最強騎士同士の一騎打ち。
逆に言えば、その決闘まで争いは起こらない。そのため、あれからは少しだけ見張りを薄くしている。
見張りを薄くするだけで、止めないのは、争いが起きない状況だからこそ不意を打ってくる可能性を否定もできないためだ。
「この三人でお食事って珍しいですよね」
「そうね。それぞれ忙しいもの」
今日の食事はサーヤとヒバナ、いわゆる俺と最も親しい者たちで行っていた。
ちょっとした息抜きだ。
別に兄さんたちとの作戦会議を兼ねた食事が嫌なわけじゃないが、たまには肩の力を抜きたい。
「でも、残念です。ヒーロさんに言われたあれ、完成していたのに……使ってみたかったです」
あれというのは、見えない堀という切り札を使ってしまうことを想定して、ひそかに用意していた追加の切り札。サーヤに指示して作ってもらっていた。
「そうだな。俺も見てみたかったよ」
「また、二人で悪巧みしていたのね……いったい、今度はどんなとんでもないものを作ったのよ」
「秘密だ。切り札は見えていないからこそ意味がある。まあ、使ったら使ったでそういう切り札があることそのものが強みになるんだがな」
例えば今回の見えない堀についてもそうだ。
敵が知らなかったからこそ、多くの兵を奈落に叩き落とせた。
しかし、知られてしまえば無力になるわけじゃない。堀を露出しておけば十全に堀としての効果を発揮する。
そして、再び蓋をしたとしても落とし穴があると知っている敵は攻めあぐねる。
落ちないようになにかしらの工夫をするにしろ、城の周囲三十メートルに落下防止対策をするなんて真似、相当な時間と資源と人手がいる上に、その間はこちらから攻め放題。十分な抑止力になるのだ。
「次の戦争を楽しみにしておくわ」
「……縁起でもないことを言わないでくれ。好きで、自国の首都で戦争やっているわけじゃないからな。二度とゴメンだ」
ぶっちゃけ、普通の国なら首都が戦場になっている時点で終わっているのだ。
人口が少ないことが逆に幸いした。城に全国民籠城なんて真似が出来たのは千人程度しか国民がいないから。ある意味、うちしかできない。
「たしかにそうね。これから人が増えるし、今度は城に入り切らないかも」
「そうだな。奪われた土地を取り戻せば、一気に人口が三倍になる。ようやく、ぎりぎり国としての体裁を整えられるな」
千人というのは国というより、小さい街、或いは村。
千人ではただ生きていくだけで精一杯なのだ。現状、百人ほど職業軍人を養っているが、この規模では異常。通常では人口の五%でぎりぎりと言われている。
その倍も正規軍、そしてそのさらに倍もの半農・半兵を用意できたのはカルタロッサ王国の特殊な成り立ちにある。
領土を切り取られながら、敗走し続け、ここまでたどり着いた。
その際、体力が弱い老人や病人などを切り捨てるしかなかった。そうしなければ皆殺しにされていた。
そのため、健康で若い人間の比率が非常に高い。
むろん、元からこの地に住んでいた人々も少数存在していたが、やはり全体的には若い。
「楽しみね。でも、隣の領地を取り戻さなくても普通に人口が増えていたと思うわよ」
「どういうことだ」
「妊娠している女性がすごく多いの」
「……そんな話、聞いてない」
「理屈は簡単よ。今までは自分たちが暮らしていくだけで精一杯だったの。子供は労働力になるって言っても、そもそもこんな痩せた土地と枯れた森じゃ労働力があっても仕方ない。だから、子供はあまり作らないようにしていたらしいわ。でも、国が豊かになったから、我慢していた分、励みだしたみたいよ。あと冬って狩りも農業もできないから、すごく暇で、そういうことしかやることがなかったみたいなの」
冬の終わりまで戦争については話してなかったのもあるだろうな。
いや、戦争があると話していても種の保存本能が働いてより燃えていたかもしれない。
「ヒーロさん!」
「なんだ、サーヤ」
「乗るしかありません、このビックウェーブに!」
「乗るか!」
まだそういうのはしばらくいい。
姉さんを救うまで、誰ともそういうことをする気はない。
「ヒバナも何かいってやってくれ」
「そうね。……乗るしかないわ、このビックウェーブに」
「おまえもか」
普通、こういうセクハラは男がするものだろう。
まったく、この二人は。
でも、悪い気分じゃない。
俺が二人に好意を抱いているのも紛れもない事実だから。
◇
食事が終わって、なんとなく俺の部屋に留まってそれぞれの仕事をしていた。
サーヤは図面とにらめっこしながら手を動かしている。何かを作っているようだ。俺から依頼しているものはすべて完成報告を受けているため、サーヤのオリジナル発明だろう。
そして、ヒバナは日課の鍛錬。
俺は俺で、この国の再開発プランを練っていた。
「ヒバナは、あの場で自分が戦うって言うつもりはなかったのか?」
最強を目指しているヒバナにとって、異国の強者と戦う機会は得難いもの。
そして、ヒバナだけが魔剣と俺の発明品を使うハンデがあったとはいえ、彼女はタクム兄さんに勝利したことがある。
「言えるわけないわ。……あなたも気付いていると思うけど、タクム王子は戦場でこそ輝く人だったの。戦場でのあの人を見て、伸びていた鼻を叩き折られた気分よ。やっと見えてきた背中が遥か彼方に遠ざかったわ」
「なら、諦めるのか」
「いいえ、目標は高ければ高いほどいい。あの人が近くにいるのは幸運ね。勉強をさせてもらうわ。"今は"カルタロッサ王国、最強の騎士に」
"今は"といい切れるあたり、ヒバナは大丈夫だ。
「そっか」
「というわけで、この国の未来はあの人に預けることにしたの。一番、勝率が高い人がいかないといけないわ」
「ああ、そのとおりだ」
ヒバナは大丈夫そうだ。
ちなみに似たようなことをバルムートに言ったところ、約束の武器を早くほしいと突かれた。
剣では一生勝てないと思い知ったらしい。そして、バルムートは剣で最強になることは諦めても、最強になること自体は諦めていない。
「やった、できました!」
サーヤが立ち上がり、もふもふのキツネ尻尾を揺らした。
「いったい、何を作っていたんだ」
「えっと、ヒーロさんのお兄さんが決闘するって言ったので、ちょっとしたサポートグッズを」
そう言って、俺の前で広げたのはインナーだった。
魔物の糸を紡ぎあげたもの。
魔の森に生息する、ジャイアント・シルクワームの糸で伸縮性と対刃性を兼ね備えたものだ。
しかも織りながら、一本一本にサーヤの魔力を込めてある。
あれなら、最高の防刃服になるだろう。
「よく伸びる服に仕上がったので、ヒーロさんの作った電気がびりびりって服の上に被せればさらに防御力があがるし、重量もほとんど増えませんよ」
「たしかにそうだな。っというか、器用すぎないか」
俺の場合、ほとんどの作業は錬金魔術で代用する。イメージが完璧であれば、そのとおりに物質を変形させられるからだ。
しかし、錬金魔術では生糸などの有機物の変形は極めて難しく、こういうのは手作業でやるしかない。
かなり器用で、そこらの職人とは比べ物にならない技量を持つという自負があるが、サーヤの仕上げは俺より数段上。もはや芸術というべき代物。
糸を織って布にしているはずなのに、完璧な一枚布にしか見えない。
「まあ、ドワーフですからね。私たちは錬金魔術ってズルが使えない分、腕でカバーするしかありません。こういうのは得意なんですよ」
ジャイアント・シルクワームの糸はその名の通り、ものすごく強い素材だが、高級品である絹でもある。
それでこれだけの美しさと、防御力を兼ね備えた服。
たぶん、国外の金持ち騎士共に見せたら、屋敷一つぐらいの値段は軽く出すと言ってくるだろう。
「ありがとう。タクム兄さんに渡しておく。少しでも勝率を上げないとな」
「そうしてください。ヒーロさんのお兄さんなら、私にとってもお義兄さんですからね!」
苦笑する。相変わらず、サーヤはぐいぐいくる。
「いったい、どんな相手と戦うことになるのかしら。私はタクム王子が一太刀でももらうところが想像できないのだけど」
「相手が黄金騎士ならどうだ?」
「……聖剣持ちの三人ならあるいは。あの三人だけは別格なの。もっている聖剣もよ。でも、いくらなんでも、あの三人の誰かが来るなんてことはありえないわ。騎士の国は傭兵事業が盛んだけど、あの三人は騎士の国の象徴だもの。他国の戦争に使われるなんて、上が許さない」
そう願いたいものだ。
◇
そして、いよいよ決闘が行われる日がやってきた。
その日まで、一度たりともグリニッジ王国軍が攻めてくることはなく、俺たちも攻撃をしていない。
……その代わり、ドワーフたちがせっせ、せっせと様々なものを作って軍備の増強をしていたりする。
指定された草原で両軍が向かい合う。
両軍が見守っているなか決闘が行われる。
両軍と言っても、向こうは千を超え、こちらは十数人しかいない。
本当なら、大軍勢で来たいところだが、敵が襲いかかってきた場合、草原という遮蔽物がない立地でまっとうな軍と軍とのぶつかり合いという、我が国がもっとも苦手とする戦いを強いられる。
この十数人は万が一約束を反故にされた場合に戦って勝つための兵じゃない。
俺とタクム兄さんを確実に城まで送り届けることを目的とした精鋭たちだけ。始めから、こんな不利な状況で戦うつもりはないのだ。
取り決めで俺たちの後方に兵を配置することを禁じているし、その約束が守られていることも確認している。この十数人であれば、逃げるだけなら可能。
「立ち会いの手配はグリニッジ王国が頼むと言うから任せたが、あそことは」
「はっ、読みが当たったようだぜ」
ここに特徴的な鎧を纏った連中が現れた。
全身を覆う重装甲ではなく、足の脛と腕をしっかり覆い、残りは急所だけを覆うひどく実践的な軽鎧を纏った一団。
明らかにグリニッジ王国の兵とは毛色が違う。
一糸乱れぬ行進、その歩き方一つとっても彼らが歴戦の勇士であると見て取れる。
騎士の国が出張ってきたのだ。
「我ら、騎士の国は此度の決闘を見届けるために来た。これから行われるのは、国際法に基づいた決闘であり、両国ともに取り決められた約定を果たす義務を負う」
こういう決闘での戦争の終結の際、第三国を呼ぶというのはある種の決まりだ。
そうでなければ、言った言わないの水掛け論になる。
その第三国として騎士の国が来たのだ。
「我が、カルタロッサ王国は約定を果たすと誓う」
「我が、グリニッジ王国も同じく」
そう言って、俺とフェイアル公爵はそれぞれに約定が書かれた羊皮紙を騎士の国の元へと渡す。
そして、それを騎士の国のものが読み上げた。
「双方、内容に相違はないか?」
「ございません」
「同じく」
「では、両者の代表を前に」
こちらからはタクム兄さんが前に出る。
そして、相手は金髪で傷だらけの男。顔もそうだが鎧もだ。
バルムートが俺にだけ聞こえるように耳打ちする。
「あの男、できますな。身体能力はわかりませぬが、技量はおそらく私に匹敵するかと」
バルムートクラスの使い手か。
さすがに国の命運をかけた戦いに出張ってくることはある。
となりでヒバナが青い顔をしていた。
「どうかしたのか」
「……最悪ね、あれは黄金騎士、それも最強の三人の一人、【神速】のマルコ・ファナスルト、腰にぶら下げているのは聖剣よ」
最強の三人、聖剣持ちか。
ヒバナが青くなるのも無理はない。
だが、それでも絶望には程遠い。
「安心しろ、これから戦うのはタクム兄さんで、振るう剣は俺の魔剣。劣りはしないさ」
騎士も剣も劣らない。
なら、いかに最強とはいえ、負ける要素など存在しないのだ。
強いていうなら、監視のはずの第三国が騎士を貸すなどその時点で胡散臭さしかないのが問題。
そっちはそっちでうまくやるよう対策を考えておこう。