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転生王子は錬金術師となり興国する  作者: 月夜 涙(るい)
第四章:転生王子は戦争する
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第九話:転生王子は終わりの匂いを感じる

 水源に毒を入れてからすでに一ヶ月ほど経った。

 初戦から考えると戦争が始まって二ヶ月以上が過ぎて、夏の気配が漂ってきた。

 こちらの読み通り、毒が回り始めて数日も経つころには、堀を埋める兵はほとんどいなくなっていた。

 理由は簡単。それをできるような体調ではないからだ。


 水源の毒は確実に敵軍を蝕んでいる。

 水がなければ人は生きられない。

 毎日、誰もが水を口にする。

 そこを狙えば、どんな屈強な兵たちだってひとたまりもない。

 敵の動きを見る限り、気付くのにかかった時間は一週間ほど。

 そのころには敵兵はほぼ全滅していて、手遅れ。

 今では敵の積荷に水が加えられており、それがまた敵の負担を大きくしていた。


 あれから敵は申し訳程度に攻めながら、自力で帰れない五千の兵を必死に回収していき、つい先日千五百ほどの兵を新たによこしてきた。

 いかにも寄せ集めで練度は低く、指揮系統も雑、数もさほど多くない。


『さすがの大国様も打ち止めか』


 グリニッジ王国は正規軍だけで万を越える規模がある。

 とはいえ、それらを我が国を落とすだけに費やすわけにはいかない。

 隣国は様々な国の領土を奪って広がってきた。

 ゆえに様々な国から恨みを買っている。それらを黙らせるだけの戦力を各所に配置しなければならないのだから。


「千五百の増兵、いったい狙いはなんだ? なぜ、あんな中途半端な数を追加でよこした? こっちに来てからろくに動かないし」


 もし、利益だけを考えるのであれば、とっとと撤退するべきだ。

 この国がちらつかせた、金山、塩、メロンなどは魅力的ではあるが、とっくに割に合わないほどの犠牲を受けているし、これからもそうなるのだから。

 だが、グリニッジ王国は、侵略と略奪で富を得てきた。そのプライドが正しい判断を狂わせる。

 その結果が第三次出兵。しかし、その兵たちはろくに攻めてこない。

 二千の兵で大敗し、五千の兵でも駄目で、それで千五百程度、しかも寄せ集めで練度が劣る兵で何をするつもりなのだろうか?


 こちらの勝利に貢献してきた手札は一回こっきりの不意打ちだ。

 対策をすれば、数の暴力でなんとでもなる。

 だが、どうして他に切り札を用意していないと思えるのだろう。


 しかも、第三次の出兵はかなり無茶をしていることをアガタ兄さんが外交ルートで掴んでいる。

 二度目に派遣された五千の兵が、"短期決戦でケリをつけられるのであれば"、他の守りを維持しつつ、こちらに回せるぎりぎりだったのだ。


 その限界を超えた以上、必ずどこかの守りが弱くなっているはずだ。

 もしかしたら、グリニッジ王国は知らないのかもしれない。アガタ兄さんが事前に、かの国に恨みを持っている国々に働きかけていることに。

 だから、守りが薄くなったことを誤魔化せると思ってしまっている。

 だが、それはあまりにも甘い。

 アガタ兄さんがけしかけた国々は、領土を取り戻す機会を虎視眈々と狙い続けているのだから。

 守りを弱くした途端、これ幸いと襲いかかってくるだろう。

 そして、千五百の兵がこちらについて数日が経っている。

 隣国の守りが薄くなったのはそのさらに一週間以上前だろう。もう、いつ他国が動いてもおかしくない頃合いだ。


「これから、どうなるか見ものだ」


 交代時間が来た。

 今日もゆっくり休んで、明日に備えるとしようか。


 ◇


 食卓にはイモとフレッシュチーズ、それに葉物の野菜が並んでいた。

 籠城生活の定番メニューだ。


 品種改良を重ねたイモを主食にする。

 メインは地下農場で絞ったヤギ乳で作ったフレッシュチーズで動物性タンパク質を摂取。

 副食は極めて生育が早い葉物野菜で作ったサラダ……こいつはヤギの餌も兼ねている。こいつでビタミンを摂取。

 飲み物は、チーズを作ったときに残る乳清で栄養豊富。


 日によっては、イモの代わりにパンが出たり、チーズの代わりに魚の燻製や塩漬けが提供される。

 粗食ではあるが、必要な栄養は十分あるし、実は去年の食卓と比べるとこれでも良くなっている。

 強いて言うなら、肉をもっと食いたいところだが、肉は乳や毛を得られるヤギを潰すわけにはいかず、わずかに買い込んだ分しかないので貴重だ。

 そして、そんなメニューを兄弟三人揃って仲良く食べている。

 三人とも忙しいので、食事に合わせて会議をするようにした。

 ……こうでもしないと、アガタ兄さんは飯も食べずに仕事をし続けるというのもある。


「ヒーロ、タクム兄さん、喜んでくれ、ついにバルタザールが動いた」

「本当か? バルタザールか……。あそこが動けば、他の国も乗ってくるな」


 バルタザールは我が国と同じく、隣国によって領土をむしり取られた国。

 どこかの守備が緩むと思ったが、まずそこか。


「動くってのは、具体的にどうしやがったんだ?」

「数日前に、領地を取り戻すべく出兵したそうだ。もう、戦いが始まっている頃だと思うよ。……名目は侵略を受けているカルタロッサ王国の同盟国として、義によって助太刀するってことらしいね」

「はっ、だったらもっと早く攻めてほしかったもんだぜ」

「それを言うのは酷だ。確実に勝てる。そう思わない限り、戦争なんて出来ない」


 タクム兄さんの言う通り、義なんてことを口にするなら、もっと早くせめてほしかった。

 二千の兵が敗退した段階や、五千もの兵を吐き出した段階で動いてくれたらもっと楽だったのだから。

 しかし、バルタザールにとってそれでは必勝たり得ないというのも理解できる。

 五千の兵が使い物にならない状態で帰還し、その状態でさらに無理をして兵を出して、致命的に弱体化した今だからこそ彼らは攻めた。


「そのバルタザールが攻めたら、グリニッジ王国はそっちに兵を集めるしかねえだろうな」

「僕たちを仕留めるために無理をして兵を絞り出したあの国に、それをする力はないよ。けど、黙って見ているわけにはいかないから、さらに無理をして別の場所が緩む、他が緩めば別の国が参戦する。ああなれば、かの大国でもどうしようもないね。ようやく戦争の落とし所が見えてきたよ」

「そうだな、これで終わりが見えた」


 戦争でもっとも重要なのはいかに戦争を終わらせるか。

 スポーツと違って、明確な終わりが存在しない。

 極論を言えば、いくら敵兵を殺し続けたとしてもどうにもならない。なにせ、敵国からすれば、派遣した兵が死んだだけに過ぎない。民も領土もまるまる残っている。


 最悪は、どちらかの民が一人残らず死ぬまで殺し続けること。

 だからこそ、外交というものが存在する。

 話し合って落とし所を決めて、ようやくそれで戦争が終わるのだ。


 その話し合いをするのにもっとも適した方法が、戦争を続けている場合じゃないと思わせること。

 そして、その話し合いを行う時点での戦況が交渉の有利不利を明白とする。

 今、グリニッジ王国はまさに戦争なんてしている場合じゃない状況に陥っているし、戦況は極めて我がカルタロッサ王国が有利。


「タクム兄さんから見て、敵の狙いはなんだと思う? 五千で落とせない城を千五百程度で落とせるとは思っていないはずだ」


 ちょうど良いので、ここ数日気になっていたことを聞こう。

 軍を率いるタクム兄さんなら敵の狙いを見抜けるはずだ。


「あんなもん、一目瞭然だ。敵の狙いは持久戦だな。もう、あいつらは城を落とすのを諦めてやがる。最近、奴らは嫌がらせしかしてこねえだろ。カタパルトで死体やら、糞やゴミを投げ込むぐらいで、穴を埋めすらしねえ」

「……なるほど、こっちが干上がると思っているのか」

「そりゃそうだろ。貧乏国が冬の終わりに、ろくに収穫もせずに速攻で籠城してんだぞ。普通なら、とっくに食料が尽きて終わってるぜ。地下で飯を作ってるなんて想像すらしてねえだろうよ。だから、待つ。それが勝ちにつながると信じてな」


 敵からすれば、別に城を落とす必要はない。俺たちが戦えなくなれば勝ちなのだ。

 もともと、敵は長期戦は物資がもったいないからと短期決戦で挑もうと考えた。

 しかし、それは非常に難しいと思い知った。

 だからこそ、長期戦で戦線を維持するための出費を覚悟し、けっして食料を補給させないよう兵で囲み、俺たちが飢えるのを待つことを選んだのだろう。

 理にかなっている。


 ……アガタ兄さんの策、第三国を使った手がなかったらやばかったな。

 こちらが飢え死ぬことはなかったとはいえ、超持久戦に持ち込まれると厄介だ。

 向こうは本国から物資を送られ続けるため、なかなか音を上げない。なんなら兵だって、交代で自国に戻ってリフレッシュできる。

 こちらは飢えはしなくても、精神的に参っていく。

 それが、下手をすれば年単位で続くのだ。どこかで限界が来たかもしれない。


「さすがはタクム兄さんだ。……それが、第三国が攻めて来て持久戦ができなくなったってことは、次、どうしてくると思う? アガタ兄さんの意見も聞きたい」

「そうだね。僕なら、この時点で交渉の席に着くかな。少しでもマシな負け方をして、即座に兵を自国に戻して防衛に当てる。交渉次第で傷を浅くできるからね」

「俺なら、千五百も兵がいりゃあ、玉砕覚悟で攻め落としてやる。そんで、速攻で国に戻って侵略者どもと戦う」


 性格が良く出ている。

 そして、隣国の次の動きはどちらも十分にありえる。

 交渉か、強襲か。

 もし、俺ならどうするだろう?

 そんなことを考えていると、勢いよく扉が開かれた。

 アガタ兄さんの部下だ。


「緊急での報告があります。敵将、フェイアル公爵から手紙が届きました」


 フェイアル公爵、生きていたのか!?

 運がいいやつだ。

 手紙を開く。

 そこには、明日、話し合いの場を設けると書かれていた。カルタロッサ王国の三兄弟を指名している。

 隣国が選んだのは交渉か。

 あるいは……。


「罠の可能性もあるな」

「まあな、俺ら三兄弟を殺せば、一発逆転勝ちできるぜ」

「それでも行くしかないけどね。交渉は僕の見せ場だ」


 俺たちを誘い出すための罠だと十分考えられる。

 それでも行くとしようか。

 いい加減、この戦いを終わらせて未来さきを見たい。

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